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【No.16】末端管理職位にいる組合役員がリーダーシップ力を発揮している ―職場委員クラスの役員選出を現場に任せてはいけない―

j.union社の“WEBメディア―勉強note「働く×マナビバ」”開設にあたり、これから趣を新たにして、私の遺書として上梓した西尾力(2023)『「我々は」から「私は」の時代へ―個別的労使関係での分権的組合活動が生み出す新たな労使関係』日本評論社の内容紹介を兼ねて、シリーズにて「個別的労使関係での分権的組合活動の理論と手法」を綴っていきます。
※前回の記事はこちらから


組合役員と管理職へのメール・インタビュー調査からも、個別労使交渉に直面する管理職の記述が明らかとなり、組合役員からは個別労使交渉と職場での自主管理活動の実態が示されました。

それらの取り組みの中で、管理職位にいる組合役員の役割が重要で、かつそのリーダーシップ発揮が原動力であることも確かとなりました。

今後、組合活動活性化のために、領域Aにおける個別的労使関係での分権的組合活動を推進する時のキーマンとなるのが、組合員でありながら管理職位にいる人たちであり、彼・彼女らを組合役員に抜擢できるかどうかがカギとなろうことが示されました。

この結果から、職場委員クラスの役員選出を現場に任せてしまい、若年化させ、かつ毎年交代させてしまっていることの危険性に、労働組合が気づかないといけない事柄である、と西尾は警告を発しています。

組合員へのメール・インタビュー調査からも、個別労使交渉・協議の内容や、職場でのチームワークや職場運営の自主管理活動が展開されていることは明らかにできました。

 

 

解明された知見をまとめると、賃金決定が産業レベルではおこなわれなくなって企業レベルに、いや個人レベルにまで大きくシフトしたことは、労使関係においてマイナス要因だけではない、ということです。

目標管理・人事考課制度が確立されていく過程は、仕事が労働者主導でおこなわれていくようになることを意味するものでもあるのです。

敗戦後の日本の労働組合運動の再出発にあたり展開された、労働者自主管理闘争や職場闘争での思想を、ある意味復刻させるものとして、被評価者セミナー(被考課者訓練)および目標管理・人事考課制度は役割を果たす(起爆剤となる)ものです。

被評価者セミナー(被考課者訓練)および目標管理・人事考課制度が呼び覚ます思想は、“労働者は企業の歯車ではなく、企業の主体であり、現場の労働者が企業経営に参画できるのだ”という自覚をもたらすものです。

 

 

そして、本調査研究(西尾[2023])のまとめとして、あらためて強調したいことが、個別的労使関係にこそ交渉・協議が必要だ、ということです。

「1990年代以降の日本では、集団的労使関係での労働力取引が失墜し、労使関係論が終焉した」との見方は、あくまでも集団的労使関係にのみ視野を限定した場合にいえることです。

個別労働紛争が年々増加しているのは、集団的労使紛争による紛争処理機能の低下の裏返しであるとの見方がされるが、それは疑似相関の代表的な見方です。個別労働紛争の増加は、労働組合の組織率の高い国や組織であっても起こっています。

それよりも問題なことは、これまで労働組合がノンユニオニズムに組み込まれると恐れて、個別的労使関係での個別労使交渉・協議の土俵に上がらなかったことです。特に、目標管理・人事考課制度の面談を逆活用して、個別労使交渉・協議力(発言力)を高めることをしてこなかったことです。

まだまだ労使関係論を個別的労使関係の領域にまで視野を拡大するならば、「能力主義管理」 を是とする極北の地の住人である日本の労働者の、人知れず、したたかに労使関係を築き上げている姿が、読み取れるはずだ、と西尾(2023)は強調します。

 

 

そもそも、日本の労働組合の出発点は、労働者が雇われている企業で、社会的地位の相違をなくすことや、共働者(パートナー)の地位を確保することにあり、それによって下層労働者の劣悪な状態から脱することができると考え、組織のあり方として企業別組合の形態を自然としたものです。

したがって、日本の労働者にとって労使関係とは、所得の分配問題であるばかりではなく、人としての権利と尊厳に関する問題であったのです。

したがって、日本の労働者が人事考課や査定を認めることは、企業側が労働者の管理や組織運営のための仕組みとして整備しただけではなく、労働者の側もそれを拠り所として権利を主張する仕組みに読み替えていくためのものでもあったので、労働者が企業内部(職場)で経営参加していくためのものだったのです。

目標管理・人事考課制度の各面談を個別労使交渉・協議に変え、課・係・班レベルに設けられた全員参加の職場懇談会等による自律的職場集団の形成で、不履行となった会社との心理的契約の更新を図るという、企業別組合ならではの規制力を作り出しています。

何よりも人権を主張し、共働者(パートナー)の地位を確保するためには、それを実現する労使関係は、団体交渉や労使協議によって維持・確保される関係だけでなく、個別的労使関係においてこそ、交渉・協議が維持・確保されることが必要なのです。

 

 

本調査研究(西尾[2023])が明らかにしたことは、次のようにまとめられるでしょう。

これまで長年労働界で誰もが認める組織率の低下とパラレルな関係にあるとされた「組合員の組合離れ」に、有効な打開策が打ち出せなかったのは、これまでの労働組合活動が、領域B・C・Dに囚われており、領域Aでの組合活動を欠落させていたことです。実際に領域Aでの新たな組合活動(個別労使交渉・協議や職場での自主的管理活動)が形成されつつあることを明らかにしたことです。

そして、そこから得られた結論は、領域Aでの個別的労使関係での分権的組合活動が、「組合員の組合離れ」に対する打開策となりうるということです。労働者一人ひとりがその仕事に誇りを持ちながら、上司と部下・同僚との関係において共生しうる職場を作り出す―これが個別的労使関係での分権的組合活動であり、労働組合運動も、「我々は」の時代から「私は」の時代にシフトしたということです。

集団的労使関係だけではなく個別的労使関係での土俵においての「闘い方」を模索しない労働組合に未来はありません。春闘機能不全論は集団的労使関係で見た場合にいえることであり、個別的労使関係での春闘はこれから始まっていくのであり、個別的労使関係で労使関係終焉論など、ありうるはずもないのです。

 

 

言い換えると、黒田(1988)の、「活動の質を問い直し、職場の労働者の処遇と生産・労働の在り方を変革すべく、『働く人々がその仕事に誇りを持ちながら共生しうる』職場ルールの現代日本的形態を模索することが必要…この課題は既に本稿の領域を超えている。ただ出口は塞がれていない。それは何よりも職場そのもののなかにある」(p.321)との示唆に、本調査研究(西尾[2023])は答え、その事実を明らかにし得たと言えましょう。

石田(2012)が託す、「労使関係論の今日的課題は、経営管理とコミュニケーションという名を冠せられた場面が実は労働力取引の場であることを構造的に叙述できるかどうかにかかっている」(p.28)、との期待に、応えられたものと思います。

また、橋元(2020)が問う、「組合員の個別賃金決定に労働組合はどう関わっているのか」(p.9)、「組合員とともに、査定や人事考課などの面談過程をどれほど有意義なものにしているのか」(p.13)との問いに対して、先進的労働組合においては、取り組みがなされていることを明らかにしました。

そして、労使関係論を、個別的労使関係の領域にまで視野を拡大するならば、したたかな労使関係をまだまだ築き上げていけるであろうことの1つの知見を示せた、と言えるでしょう。 

さらに、本調査研究(西尾[2023])が立証しようとしたことは、PP型タイプの人たちこそ、個別的労働力取引の実態であるPDCAサイクルの各面談(期首・中間・期末・フィードバック面接)の満足度が高い人たちである、ことを確認することでした。

また、PP型タイプの人たちこそ、個別的労使関係(上司との人間関係と同僚との人間関係)やエンゲージメント、キャリア自律度、職場の自主管理度の高い人たちであることを確認することでした。

そして、PDCAサイクルの各面談(期首・中間・期末・フィードバック面接)の良否が、企業経営の優劣に反映されること。PDCAサイクルの各面談を逆活用して、個別労使交渉・協議の場にしたり、経営参加における個人的職務中心型参加(氏原1979:184)の場としたりしていく方策が、労働組合にとって、動態的に課業設定される仕事の自律的規制を可能にしていることでした。

また、被評価者セミナーが生み出す個別労使交渉・協議力(発言力)と職場集団の自主管理力が、21世紀型の労働組合としての規制力(競争主義への対抗性と労働者間連帯)となっていることを立証することでした。

個別的労使関係での分権的な組合活動を探るねらいは、小池(1983)が明らかにした“ブルーカラー組織労働者に存在する準自律集団以上に、労働組合の影響力を受けた職場での自律集団がホワイトカラーの組織労働者にも存在し、職場での自主管理活動を推進して企業別組合の規制力となっている”ことを(ホワイトカラー組織労働者において)立証するものでした。

白井(1968)においても、「筆者が本書で強調したことの一つは、わが国の労使関係制度や労働市場構造のもとでの企業別組合成立の必然性であり、それが持つ機能的合理性であった。そのデメリットを充分認めつつも、欧米の組合に欠けているメリットの故に、労働運動が直面する現代的挑戦に対して企業別組合は充分な活力をもち得ている」と述べていることを、新たな視点と事象によって立証しようとするものでした。

 

参考文献
石田光男(2012)「労使関係論」『日本労働研究雑誌』No.621 4月号
黒田兼一(1988)「競争的職場秩序と労務管理―『能力主義管理』を中心にして」戦後日本経済研究会編『日本経済の分水嶺』分眞堂
小池和男(1983)「序説―ホワイトカラー化組合モデル―問題と方法」日本労働協会編『80年代の労使関係』日本労働協会
白井泰四郎(1968)『企業別組合 増訂版』中公新書
橋元秀一(2020)「組合員の個別賃金決定に労働組合はどう関わっているのか」国際経済労働研究所『Int’lecowk』9月号
西尾力(2023)『「我々は」から「私は」の時代へ―個別的労使関係での分権的組合活動が生み出す新たな労使関係』日本評論社