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【No.10】被評価者セミナー(被考課者訓練)は個別的労使関係を改善し、上司部下間のWin-Winの関係性を構築している

j.union社の“WEBメディア―勉強note「働く×マナビバ」”開設にあたり、これから趣を新たにして、私の遺書として上梓した西尾力(2023)『「我々は」から「私は」の時代へ―個別的労使関係での分権的組合活動が生み出す新たな労使関係』日本評論社の内容紹介を兼ねて、シリーズにて「個別的労使関係での分権的組合活動の理論と手法」を綴っていきます。
※前回の記事はこちらから



A労働組合における先進的取り組み(個別的労使関係での分権的な組合活動)を探る方法は、組合役員・組合員でもある管理職(1次考課者)・組合員へのアンケート、およびそのアンケートで再質問を認めたメール・アドレスを記入した人の中から選抜した人にコロナ禍の時期でもあったために、メール・インタビュー方式にて調査を行いました。

1つ目の調査対象にした、A労働組合の組合役員は、地域別に区分された15分会の分会執行委員と、分会の下に主に県単位に設けられた部会の役員、さらに部会の下に職場単位で組合員10人に1人の割合で選出されている職場委員、合計1,998名で、有効回答は1,664人(有効回答率83.3%)です。
 
A労働組合で2003年以来今日まで続けられている組合加入2年目の組合員を対象にした被評価者セミナーの内容は、先月(前回)のNo.8にて紹介した内容ですが、上司と部下との人間関係をWin-Winにするためのものでもありましたから、被評価者セミナーの成果が出ているのか探りました。
 
まず、調査対象者の組合役員の二重帰属満足度(会社に対する満足度と組合に対する満足度の平均点で区分け)の4タイプ(PP型[会社と組合共に帰属意識の高い二重帰属型]・PC型[会社は支持するが組合は支持しない会社一辺倒型]・CP型[組合は支持するが会社には批判的な組合一辺倒型]・CC型[会社と組合のいずれも支持せず、いずれに対しても反対的もしくは批判的な不平不満型])の割合とパターンを探りました。
 
この分析方法は、尾高邦雄仮説をベースにした二重帰属満足度タイプ分析で、単組全体で、PP型が40.2%、PC型が14.3%、CP型が19.4%、CCが26.1%で、PP型タイプ(Win-Win型)の企業であることが示されました。
 
そこで被評価者セミナーを受けたグループと受けていないグループに分け、そのグループ別の二重帰属満足度(会社満足度100点満点+組合満足度100点満点)と組合満足度(100点満点)の平均点の違いを見てみました。被評価者セミナーを受けたグループの平均点は141.3と68.5で、受けていないグループの平均点は135.7と64.1という違いがみられました。この平均点の差は、意味のある(有意な)差なのか検証する「差のt検定」を行った結果、優位であることが確認され、「被評価者セミナー⇒二重帰属満足度・組合満足度」の因果関係があるとまでは言えませんが、被評価者セミナー受講と、二重帰属満足度・組合満足度とは共に相関関係はあることがわかりました。
 

つぎに、被評価者セミナーが個別的労使関係を改善させるのかを探ってみました。まず、被評価者セミナーは職場に戻って役立ったのかどうかをたずねた結果は、「はい」が310件、「いいえ」198件、「無回答」が1,156件でした。そして、「はい」との回答者に、実際に役立った内容を記述してもらった結果132件の回答が寄せられました。その記述内容をKJ法的にまとめると、次のように整理できました。


【チャレンジシートの記入に役立った】44件
【面談に活かせた】16件
【目標設定に役立った】15件
【評価制度への理解が深まった】14件
【自身の振り返りに役立った】10件
【評価基準が理解できた】9件
【上司とのコミュニケーションに役立った】7件
【制度への信頼感が強まった】6件
【仕事の仕方が変わった】5件
【セミナー直後に活用した】5件
【後輩育成に活用した】1件
 

さらに、被評価者セミナーを受けたメンバーに、変化が見られたかをたずねたところ、82件の変化を記述した回答が得られました。その内容をKJ法的にまとめると、次のように整理できました。

【評価基準が理解できた】20件
【仕事の仕方が変わった】18件
【評価制度への理解が深まった】10件
【自己主張できるようになった】7件
【モチベーションがアップした】6件
【職場のコミュニケーション】6件
【上司との関係が良くなった】6件
【チャレンジシートが記入しやすくなった】6件
【知識が身についた】2件
【改善した理由は不明】1件

同じく、被評価者セミナーの受講後に、職場の上司と部下との関係に変化が見られましたか。またそれは、どのような変化なのか、気づいた変化をたずねたところ、68件の回答が寄せられました。その内容をKJ法的にまとめると、次のように整理できました。

【上司との関係が良くなった】38件
【部下の側の変化が見られた】24件
【自己主張しやすくなった】3件
【上司の側の変化があった】1件
【組合への発言が増えた】1件
【セミナー内容の評価】1件

以上の記述回答の件数は、全体的に見て少ない記述件数ではありますが、個別的労使関係に変化が確実に起こっていたことが読み取れます。被評価者セミナーが、個別的労使関係を改善させるものに貢献しているという事実は明らかといえましょう。
 
 

蛇足気味の分析ですが、個別的労使関係の満足度を問う設問(職場での上司との人間関係と上司の組織運営を問う14設問)の背後にある潜在因子を探った因子分析を行いました。その結果、「職場の人間関係」と「上司との人間関係」とういう2因子が明らかになりました。そこで、この2因子(変数)と二重帰属満足度との相関分析を行った結果、「職場の人間関係」が0.448でやや強い相関となり、「上司との人間関係」が0.333のやや弱い相関にあることが示されました。
 
さらに、この2因子(変数)と会社に対する満足度(100点満点)の平均値と相関関係の違いを満足度構造分析してみました。その結果が図表1です。
 

図表1 単組全体での2因子間の満足度構造分析

出所:西尾(2023):72より

会社に対する満足度と2因子間の相関関係で、「職場の人間関係」が0.61と「上司との人間関係」0.54より高い値なのに、会社満足度の平均値は「職場の人間関係」が3.9と「上司との人間関係」4.1より低い値にあることから、会社満足度を高めるには「職場の人間関係」をより良くすることが喫緊の課題であることがわかりました。この結果から、労働組合の経営対策の取り組みとして、「職場の人間関係」を改善していく取り組みを行うと、それが会社満足度をより高めていくことが明らかとなりました。
 
 

2つ目の管理職(組合員でもある「担当課長」)アンケートは、実在対象層の20%にあたる219人のサンプル調査です。被評価者セミナー(被考課者訓練)を受けた部下に、目標管理・人事考課制度での面談や日常のしごとの仕方等に変化が見られたかどうかを問うものでした。
 
被評価者セミナーの受講後の部下の変化を認知した管理職は、4.4%~9.9%でした。あまりに少ない人数だと思われるかもしれませんが、見田(1979)の指摘1から判断すれば、有力な実態データであるということができます。

「事前準備に、どんな変化を感じましたか」に対しては、
・きちんと具体的かつ簡潔に内容をまとめているように感じた

「期首面談に、どんな変化を感じましたか」に対しては、
・具体的かつ簡潔に伝えられるように意識し、自分の考えや「こういうことをしたい」などの思いも伝えようとする姿勢が感じられた
・目標達成にむけて自分に何ができるか、何をするべきか主体的に考えていた

「中間面談の変化に、どんな変化を感じましたか」に対しては、
・客観的に現状の進捗状況や成果・課題などを捉え、今後どう進めていくかなども前向きに検討しているように感じた

「期末面談に、どんな変化を感じましたか」に対しては、
・(なぜ)そのような成果につながったかを考え、きちんと伝えるように意識しているように感じた

「フィードバック面談に、どんな変化を感じましたか」に対しては、
・「なにかアドバイスはありますか」など積極的に質問し、成長しようとする姿勢を感じた

―以上6件の、面談時の部下の変化について報告されました。
 

さらに、面談以外での部下の変化については下記の9件の報告がされました。

「報告・連絡・相談に、どんな変化を感じましたか」に対しては、
・簡潔にわかりやすく伝えようとする姿勢を感じた。途中の段階できちんと報告・相談するように意識しているように感じた
・自己開示、傾聴
・トラブル発生に関する状況報告で対策案に関する自分の意見を進んで説明できる
・ホウレンソウがいかに大事かわかったようです
・コミュニケーション向上のためミーティング方法を変更し、メンバーの意識が少し変わった
・適宜実施するようになった

「仕事へのモチベーションの変化に、どんな変化を感じましたか」に対しては、
・意欲的かつ効率的に取り組む姿勢が感じられた

「同僚とのコミュニケーションに、どんな変化を感じましたか」に対しては、
・周囲にも自分の意見などをきちんと伝えようとする姿勢が感じられた。積極的かつ一人称で業務ができるように意識して取り組んでいるように感じた
・今まで以上に意識して取り組んでいる
 

以上の管理職の記述は、部下の言動を被評価者セミナーの受講前と後とを比較して、明らかな変化が見られたことによる記述です。この回答件数も少なすぎると思われるかもしれませんが、被評価者セミナーの受講後、かなりの年数が経過してからのアンケート回答であることと、また、被評価者セミナー受講者(組合役員)の61%が、「その後、職場に戻って役立った」としている回答状況から推測されることは、部下の側の上司に対する言動はかなり変化した、と判断しても間違いはないでしょう。しかも、回答を寄せた管理職が、現在の職場に配属されて、そこでセミナー受講の前と後の部下の言動を直接比較できないかぎり、つまり、配属先でセミナー受講後の部下しか見たことがなければ、変化はないと見るのが普通であるからです。あわせて、被評価者セミナー受講後の部下の変化を認知した管理職が、4.4%から9.9%であったという値が、近年のプレーイングマネージャー化した管理職の乏しい部下観察力に依拠したものであると推測するならば、実際の部下側の言動の変化の割合は、もっと高い値を示している、と考えてよいでしょう。なぜならば、管理職の部下観察力に問題がなければ、人事考課制度に対する部下側から不満の声が聞かれることなどないであろう、と考えられるからです。
 
そればかりか、被評価者セミナーは管理職の育成にも貢献していることが示されました。以下は、担当課長が過去に被評価者セミナーを受講して、その後に「被評価者セミナーは、どのような場面で役に立っていると感じますか」と、自身の活用の仕方を尋ねたところ、8人から寄せられた回答です。

  • 面談の仕方 日常のコミュニケーション

  • 人事考課の面談において、部下が上司に対して「いかに自分を売り込むか」という点が重要だと感じているので、その点を伝えるようにしている

  • 評価面談の際などに納得性を意識して臨めた

  • 面談者への説明の仕方等で役立っている

  • 面談時に注意すべき点を思い出させてくれる

  • 事前準備の上で、公平な立場で面談実施をおこなう

  • 目標設定の考え方

  • 意義を持って部下と向き合える土台となっています

これらの回答から、被評価者セミナーは管理職の育成にも貢献しているだけでなく、上司部下間にWin-Winの関係性を構築していることが示された記述と言えましょう。
 
 

1.      見田(1979)では「活火山はけっして地表の『平均的』なサンプルではない。しかし活火山からは噴出した溶岩を分析することをつうじて、地殻の内部構造を理解するための有力な手掛かりが得られるのである。極端な、あるいはむしろ例外的な事例が、多くの平常的な事例を理解するための、いっそう有効な戦略データとなることは、自然科学においてさえも多く見られる」(pp.160-161)と述べているからです。
 
 
参考文献
西尾力(2023)『「我々は」から「私は」の時代へ―個別的労使関係での分権的組合活動が生み出す新たな労使関係』日本評論社