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【No.2】「個別的労使関係での分権的組合活動」という問題意識

j.union社の“WEBメディア―勉強note「働く×マナビバ」”開設にあたり、これから趣を新たにして、私の遺書として上梓した西尾力(2023)『「我々は」から「私は」の時代へ―個別的労使関係での分権的組合活動が生み出す新たな労使関係』日本評論社の内容紹介を兼ねて、シリーズにて「個別的労使関係での分権的組合活動の理論と手法」を綴っていきます。
※前回の記事はこちらから


それでは、ここからより詳しく、筆者が「個別的労使関係での分権的組合活動」という、新たな組合活動の枠組みを設定した問題意識について、解説していきたいと思います。
 
1990年代以降、多くの企業で、経営側のペースで構造改革が進行しました。あわせて、賃金・人事制度が、成果主義的なものに改訂されました。また、人的資源管理によって、個別化が促進されました。その結果、労使関係は企業と労働組合という集団的労使関係から、職場における上司と部下間の、個別的労使関係へとウエイトを移しました。
 
一方、労働組合の側もそのような変化に直面して、賃金・人事制度の成果主義的改革、個別化を促進させる人的資源管理への対応が求められました。がしかし、大方、経営側のペースで賃金・人事制度の成果主義的改定は進みました。
 
その背景および理由には、多様な就業機会の広がりに応じて労働者の就業への意識や欲求の多様化がありました。なにより、能力主義を是とする日本の労働者の国民的特質がありました。
 
二村(1987)によれば、「戦後労働組合運動の『成果』は、当初の平等主義的性格を弱め、企業内での従業員相互の競争を重視する能力主義的性格を強めていった。この際、日本の労働者が能力に応じた処遇を正当とする考え方が強いことが、こうした制度の導入を容易にした」(pp.93-94)と指摘しています。
 
栗田(1994)においても、「労働者の行動様式は、企業内での公平な競争を原理に形成されており、それに従って努力することが労働者としての生涯を充実させるものであるという組織志向的な価値観は、従業員相互の間に共通のルールを形成していた」(pp.57-58)と述べています。
 
そしてさらに、労働組合内部において、管理職を含む中高年層の働き方と、それに対する賃金水準が、若・中堅層の組合員から見れば不合理的なものと見えていた労労間対立もありました。
 
そのような状況の中で、先進的な労働組合では、成果主義型の賃金・人事制度への改革に、主体的に取り組み、集団的労使関係のみならず個別的労使関係において、新たな労使関係を生み出していました。そこで生み出された新たな労使関係を、筆者は、組合員一人ひとりから職場集団までの領域において、自律・当事者型の分権的組合活動、と呼んでいます。
 
したがって、本稿の目的は、この自律・当事者型の分権的組合活動とはどのようなものだったのか、どのような可能性を労働組合は切り拓こうとしたのか、また、実際に切り拓いたのか、実態を明らかにしようとするものです。
 
その活動領域のイメージを図示すると、下記図表に示した領域Aにあたる、企業内における個別的労使関係での分権的組合活動です。自律・当事者型の組合活動です。

出所:西尾(2023:3)より 

組合活動の領域を、「個別的労使関係での分権的組合活動」と「集団的労使関係での集権的組合活動」の縦軸、「企業外」と「企業内」の横軸で4象限に分けてみると、右下に位置する領域Dは、これまでの企業内での企業別組合による、集団的労使関係での集権的組合活動で、請負代行型と呼ぶべき活動が当てはまります。左下の領域Cは、企業外での集権的組合活動ですから、ナショナルセンターや産業別組合の活動が該当し、これは雲の上型活動と呼べるでしょう。左上の領域Bは、企業外からの個別的労使関係のトラブル解決で、個人加盟ユニオンへの駆け込み型活動と言えるものです。

しかし、右上の領域Aにあたる組合活動は、すぐには思い浮かびません。それは、後述しますが、労働組合は、長年、領域Aには「行ってはいけない」「ノン・ユニオニズムになる」と思われていたからです。
 
図化してイメージを共有しただけでは、まだまだ漠然としたものでしかないでしょうから、そこで、最初に言葉の定義を明らかにしておきたいと思います。
 
個別的労使関係での分権的組合活動の狭義の定義は、組合員・労働者一人ひとりが、半年ないしは1年単位での目標管理や人事考課制度での面談(交渉・協議)によって、個人単位に、処遇の大部分を自律・当事者的に決める行為(個別労使交渉・協議)を言います。経営参加(職場の民主化)の取り組みとも言えます。
 
広義の定義は、日々の職場での上司と部下たちとの関係において、仕事の内容や方法の決定、仕事の分担や目標の決定、能率増進策の立案、職場規律の設定、配置転換や有給休暇に関する決定にかかわる上司と部下との1対1の相談(交渉・協議)から、職場集団内での上司と部下たちとの会議(職場懇談会等)によって、自律・当事者的に職場が運営されていく行為(職場での自主管理活動 )を言います。
 
本稿で、「個別的労使関係での分権的組合活動」と表現しているのは、個別的労使関係とだけ記してしまうと、上司・部下間における1対1の関係に限定した解釈となってしまうことを避けたいがためです。分権的組合活動という言葉を続けているのは、職場委員等を中心としたところの職場での集団的な自主管理活動が含まれる、との意味合いを込めているからです。
 
組合員・労働者のニーズの多様化・個別化に対応する労働組合の取り組みとして、村杉(2013)は、
⑴業績・成果主義人事制度へのチェック・提言活動強化
⑵人材育成視点の対応強化
⑶職場人間関係秩序の点検と対応強化
⑷健康(特にメンタルヘルス)問題の点検と対応
⑸ライフ・キャリア支援活動の推進
⑹両立支援の推進の取り組み
―以上6項目を組合役員が世話役活動として担うべき役割だと説きます。
 
しかしこの村杉(2013)が提起する構図では、個別的労使関係上に発生する問題すべてが、集団的労使関係(経営・管理者と組合役員の関係)に持ち込まれて、請負代行的な集権的組合活動へと肩代わりされていってしまいます。そのため、当事者が個別的労使関係において問題解決にかかわることがまずありません。
 
村杉(2013)的な “個別化に対応する今日的労使関係課題と労働組合の役割” の担い方をすると、組合役員が請負代行するスタイルとなってしまい、組合員を依存的にしてしまいます。
そればかりか、組合員を観客化させて、「メリットが得られない」との発言を誘発させてしまいます。
 
その結果、組合離れを起こさせてしまっているのではないか、ということが本稿の問題意識です。