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経済同友会の提言に、どうする労働組合!

このコラムは、労働組合が取り組むべき「労使関係」についてj.union株式会社名誉会長​であり、経済学博士(國學院大學)である西尾力“BEST主義※の視点”で鋭く分析します!
※BEST主義とは、労働組合の活動を「明るく(Bright)、楽しく(Enjoy)、元気よく(Spirits)」行うためにとるべき思考(Thought)方法です。


経済同友会の「働き方改革委員会」が、2023年1月27日付で、「自律した個が『いつでも、どこでも、多くても少なくても働くことができる』社会の実現」と題した提言を発表しました。今月は、この経済同友会の提言は、何をめざすものなのかを探りたいと思います。

提言は、最初に、本提言の位置付けとして、「ヒトしかない日本。人的資本を中心に据えた経営と働き方改革無くして、優秀な人材の確保は困難に」と題して、「天然資源の乏しいわが国では、人材こそが重要な経営資源である。経営者はこの人材が担う仕事や役割とその評価を対話の接点として、一人ひとりの個人と真に向き合えているだろうか」との課題を取り上げます。

さらに、「企業と個人は、雇用し、雇用されているだけの関係から、互いに求めるものと応えるものと向き合い、選び、高めあえる関係へと発展させていかなければ、企業は競争力を失い、同時に優秀な人材の確保も困難になる。すでに、多くの日本企業では、人材不足、とりわけ、若年層の採用やデジタル人材の確保は経営課題となっており、その獲得競争に直面している」との課題を取り上げます。

ここまでは何ら問題なく、同意できるものです。しかし、ここからが問題となります。

「この背景には、個人、特に若年層の「働き方」に対する意識が大きく変容していることがある。若年層では、終身雇用や年功序列といった雇用慣行に囚われず、仕事を通じた自己成長のスピードや将来性、働きがいが感じられなければ転退職をも厭わない人材が増えつつある。また、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が必須となる中で、これを担う人材の需給はひっ迫しており、いわゆるデジタル人材においてもキャリア形成のための転退職を志向する傾向が見られる」としています。

あわせて、「翻って企業、特に大企業では、働く人材(個人)の意識の変容や、一部の職種における人材の流動性の高まりを受け止めて、画一的な人事制度や硬直的な働き方の見直しを顕著に進めているとは言い難い。企業は、こうした労働市場の変化に向き合い、変わらなければ、人材のリテンション(維持・繋ぎ止め)は劣化の一途を辿る。人材の採用力も欧米どころか、アジアにも劣後して、世界から取り残されかねない」。「企業は、今こそ危機感を持って個人と向き合いながら、「働き方改革」に臨まなければならない。働き方改革委員会では、経営者にこうした警鐘を鳴らすべく、本提言をとりまとめた」としていることです。

筆者は、上記の太字で示したところの記述の仕方が、とても気になりました。「若年層では、終身雇用や年功序列といった雇用慣行に囚われず、仕事を通じた自己成長のスピードや将来性、働きがいが感じられなければ転退職をも厭わない人材が増えつつある」と、ほんの一部に過ぎないであろう人々が、圧倒的多数のように見せて、それに対応するべく「画一的な人事制度や硬直的な働き方の見直し」をしなければならない、との都合の良い論理展開をしている、と思われるのです。

それは、リクナビNEXTが、「退職理由の本音ランキング」と題して、下記の10項目を挙げており(https://next.rikunabi.com/tenshokuknowhow/archives/4982/)、提言が述べる若年層の転退職理由は、下位の「7位:キャリアアップしたかった(6%)」と「10位:昇進・評価が不満だった(4%)」に過ぎないからです。その他上位の8項目は、「画一的な人事制度や硬直的な働き方の見直し」よりも、個別的労使関係の改善の問題が占め、かつ高い割合を示しているからです。

1位:上司・経営者の仕事の仕方が気に入らなかった(23%)
2位:労働時間・環境が不満だった(14%)
3位:同僚・先輩・後輩とうまくいかなかった(13%)
4位:給与が低かった(12%)
5位:仕事内容が面白くなかった(9%)
6位:社長がワンマンだった(7%)
7位:社風が合わなかった(6%)
7位:会社の経営方針・経営状況が変化した(6%)
7位:キャリアアップしたかった(6%)
10位:昇進・評価が不満だった(4%)

続いて、提言の「はじめに」にて、「『働き方改革』とは、『働く人びとが、個々の価値観やライフステージに応じた多様で柔軟な働き方を、自ら"選択"できるようにするための改革』である。この『働き方改革』は、企業、ひいては国家の競争力を左右する課題であり、コロナ禍を通じ、その重要性は一層高まっている」として、「企業の競争力の源泉となるイノベーション創出には、経営のインクルージョン&ダイバーシティが不可欠である。この実現には、まず、多様な働き方を可能にする『働き方改革』を進めていくこと、そして、多様な働き方を経てキャリアを形成してきた人材が経営の意思決定に参画することが必要である」としています。

さらに、「多様な働き方を可能とする方策の一つとして、新卒一括採用、年功序列、一律の定年などを特徴とするメンバーシップ型主流の雇用制度に、多様な採用、職務の明確化、成果主義型賃金などの特徴があるジョブ型雇用の要素を加えていくことが考えられる」として、「こうした雇用制度の変化は、働く人々に『自律した個』(※本提言では、『自律した個』=自分自身のキャリアを主体的・能動的に考えることのできるキャリアオーナーシップを持った個人と定義する)の確立を促す。また、多様で柔軟な働き方を選択できることは、自律的なキャリアの形成を促す。これにより、個人と企業は対等の立場でお互いを選び合える新たな関係を構築していく」と述べています。

「個人がより自分らしい働き方を選択できるようになれば、幸福感も高まる。『自律した個』が意欲・能力を存分に発揮しながら、長く働き続けることが可能となれば、人生100年時代を迎えても社会保障制度を支える側として、その持続性向上に貢献し得る」。「日本でダイバーシティ経営の推進が唱えられて久しいが、我々経営者は、形式的、表面的なダイバーシティの推進に留まり、その真髄である、多様な意見の衝突から新たな価値を創造することに真摯に取り組んでこなかったのではないか」。「こうした我々自身への問いかけから、本委員会では、経営のインクルージョン&ダイバーシティの本質を明確にすべきと考え、これを『自律した個』が、いつでも、どこでも、多くても少なくても、働くことができる社会の実現」というタイトルに込めた」。として、「本提言は、『自律した個』が多様で柔軟な働き方を選び、これを競争力に繋げることを目指す企業に向けたものである。理想やあるべき姿を述べるに留まらず、既存の労働法制による規制を言い訳にせず、企業がまず取り組めることに焦点をあて、我々経営者の実践に働きかけていきたい」としています。

ここまでの綴り方から、提言が提起する「働き方改革」=「自律した個」の確立とは、日本的雇用慣行(新卒一括採用、年功序列、一律の定年などを特徴とするメンバーシップ型主流の雇用制度)の打破や、既存の労働法制による規制緩和を目指した、多様で柔軟な働き方(雇用の流動化)になった新自由主義的社会であることが読み取れます。規制緩和することで、否応なく「自律した個」の確立がなされていく(つまり、労働規制は自律していない弱者の打算と居直り)とする強者(市場原理主義)の論理に貫かれています。

そしてさらに、提言の本音が、次の「おわりに」に顔をのぞかせています。次のように結んでいます。

本提言では、企業が自ら取り組むことで組織変革へと繋げていける具体的な取組事例、各企業の実践事例をCase StudyやTipsとして取りまとめている。しかし、取るべき方策や効果は、その企業の属する業種や企業規模、事業環境等によって異なる。将来の予測が困難な時代、これらの制度をただ取り入れていくことではなく、企業が個人と真剣に向き合う中で、必要なことを、必要なタイミングで、覚悟を持って取り組むことで、環境適応力を高めていかなければならない。経営者には、常に健全な危機感を持ちながら、魂を込めた制度の導入や運用の実行が求められる。
企業は人的資本としての個人に投資をし続け、中長期のキャリア形成に向き合い、これを後押しすることで、個人のエンプロイアビリティの向上に努めていく一方、個人も緊張感を持って自らの能力を高め、応えながら、互いに高めあえる社会としていく必要がある。このような社会の実現には、セーフティネットを整備した上で、雇用終了に係る規制のあり方も見直していくべき。漸次的な転退職者の増加も相まって形成されつつある外部労働市場の活性化にも寄与する。さらに、本提言で取り上げている、職務/役割を明確にして、納得性の高い評価による報酬の可視化が進めば、職務/役割に対する市場価値の客観性が高まり、個人の自由な意思による、円滑な労働移動も可能となる。
各企業が変革を推し進め、企業の実態が変化していくことに伴い、多様な働き方を阻害する要因となっている以下の関連諸規則の見直しが進んでいくことも期待したい。
✓ 時間に基づく労働管理に係る諸規則
労働契約終了に関するルール、解雇無効時の金銭解決制度
✓ 退職金優遇税制
✓ 定年制度
✓ 同一労働同一賃金

このように締めくくられる文章を眺めただけで、提言の狙いが最終的にどこにあるのか読み取ることができます。それは、「労働契約終了に関するルール、解雇無効時の金銭解決制度」であると読み取ってよいでしょう。

また、「労働契約終了に関するルール、解雇無効時の金銭解決制度」が確立されれば、具体的な提言内容のなかで、「【提言5】真に期間の定めの無い雇用への移行」と述べていることも、経営側にとって、いざという時の合理化(人件費コスト削減)に、何らの障害にならないものとなるでしょう。 官製春闘(政府)と財界の賃上げ許容は、「労働契約終了に関するルール、解雇無効時の金銭解決制度」とのバーター取引である、と見て取るべきでしょう。
そればかりか、文字数の関係から詳述は略しますが、「【提言5】真に期間の定めの無い雇用への移行」の文中に、<具体的な事例>として、「➢ セーフティネットを整備した上で、随意雇用制度を導入する」との一文が入れられています。

『広辞苑』によれば「随意」とは「束縛や制限を受けないこと。自分の思うまま。こころまかせ」とありますから、「セーフティネット(現実は自己責任論の論理で組み立てられた、欧州と比べたらお寒い限りの内容となることでしょう:筆者注記)を整備した上での随意雇用制度」とは、「解雇が自由な雇用制度」を意味するものだと解釈して間違いないでしょう。

最後に筆者からのお願いです。この提言をまとめた「働き方改革委員会」に、名を連ねている経営者がいる企業の労働組合は、これらの提言の意図を、是非、聞き出していただければと思います。



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