労働組合の春闘を探る~都築電気労働組合の取り組み~
5回目となる今回は、都築電気労働組合 中央執行委員長 石川 侑弥 氏に労働組合活動の中でも重要な取り組みの1つである「春闘」について伺いました。都築電気労働組合は、今回の2024年春闘で労働組合の要求に対して満額回答を得ることができました。
働く人々にとっても賃上げは生活に直結する重要なものです。働く人々の代表組織である労働組合がどのように要求内容を決め、経営層と交渉し、合意・妥結していくのか、そして今回なぜ都築電気労働組合は満額回答を得ることができたのか。その時々のリアルな出来事や感情を交えて話を聴かせていただきました。
ぜひ、都築電気労働組合の石川氏をはじめとした執行部メンバーの熱い思いを感じてください。
――まずは都築電気労働組合の組織紹介をお願いします。
石川氏/都築電気労働組合は1966年に発足し、今年で58周年を迎えます。中央執行部、3支部(東京・名古屋・大阪)、3分会(北海道・高松・九州)で組織が構成され、組合員数は約780名です(2023年7月時点)。
昨年、会社が長期ビジョンとして「Growth Navigator」(成長をナビゲートし、ともに創りあげる集団)、中期経営計画「Transformation2026」(強みを磨き稼ぐ力を高める)を掲げ、売上1300億円、営業利益65億円を目標として設定しました。
組合としても昨年9月、会社と連動する形で長期ビジョン・3カ年計画を策定しています。長期ビジョンは「Escort Runner」。社員・会社双方の成長に向けてともに走る集団でありたいという思いが込められています。さらに「都築電気らしさ」と「社員の幸福」というキーワードから「TSUZUKI WELL-BEING」を3カ年計画として掲げ、現在活動しています。
――今年の春闘のテーマやその背景、課題感などをお聞かせいただけますか。
石川氏/まず昨年の春闘では、「社員への直接的な投資」として全社員の能力給に対する5%のベースアップ要求と、「経営と社員の対話の機会創出」として社員総会の再開の要求を行いました。ベースアップについては既存の手当てを廃止し、トレードオフの形で実現しましたが、ベースアップ額は少額であったため、主な還元内容は一時金支給という結果でした。また社員総会についても次年度以降検討するという回答でした。つまり、満額回答という結果にはならず、課題の残る春闘でした。
それを踏まえて、中央執行部内に設置した春闘対策委員会で今年の方針を検討しました。まず昨年の春闘は、会社側の観点としては、社会的動向としてインフレに伴う生活困窮の要素が強く、会社を成長させていくという視点が薄かった。その一方で、春闘終了後に実施した組合員アンケート回答を見ると、組合員の賃上げに対する期待値が非常に高くなっていることがわかりました。
それらを鑑み、「今年もしっかりベースアップ要求を実施する。ただし会社を今後より発展させていくという視点での根拠づくりを意識し取り組む」ことをテーマとしました。
――今年の要求内容や春闘のゴールを教えていただけますか。
石川氏/今年の春闘目指すゴールとして「TSUZUKI ReBranding」を掲げました。これはお客様から・社員から・経営層から・社会から「都築電気」というブランドを再度認識され、それぞれが「都築電気」を選んでいることに対して誇りを持ってもらいたいという思いから決定したテーマです。
要求内容は、「全社員の基本給の賃上げを3カ年(2024年度~2026年度)にかけて平均18,600円/月」です。要求金額の算出根拠としては、連合が掲げる目標賃上率5%というところから、当社における定期昇給率約3%を差し引いた2%を目標賃上率として、2%のベースアップを会社の中期経営計画と合わせて3年分で要求しています。
――この内容を決めるまでに苦労したことや悩んだこと、意識したことはありますか。
石川氏/今年は昨年の反省から開始を早め、11月から春闘対策委員会をスタートし、練り上げた内容を中央執行部内で共有して、その後全国の支部・分会メンバーが参加する合同委員会で議論したのですが、納得感を高めたりするために要求内容が妥当かどうかを擦り合わせていく作業に思いのほか時間がかかり、非常に大変でした。
私自身は、昨年の書記長から今年は委員長という立場に変わったため、あまり前に出過ぎず、少し後ろにいながらバランスを取り、全体最適を図ることに努めました。最後に会社と対峙する際には最終意思決定者になるわけですから、その責任も感じながら進めました。この1、2年の間で、経営層との対話を大きく増やしてきたという自負はあるので、それぞれの意見に対して誰がどういう意見をもっているのかを把握しつつ、どう動くべきかということも常に考えていました。
――対経営とのプロセスで苦労したのはどのような部分でしょうか。
石川氏/お互いがそれぞれに都合のいい解釈をしているところがあって、なかなか意見の歩み寄りがなかったところです。
いちばんの論点はお金の支給方法でした。金額が大事なのであって一時金でもいいのではというのが会社のスタンス。しかし組合側としては、永続的に掛かってくるベースアップというコストを、未来への投資として受け入れてもらえるかどうかが大事。賞与の総原資額の見込みは同じでも、支払われ方によって組合員に対するインパクトが違うというスタンスです。
また、会社が中計に定めた高い目標数字を達成するためには、当然ながら社員一人当たりに掛かる負荷が増加します。つまり社員の能力向上が不可欠であり、高い目標を掲げているからこそしっかり社員に還元してほしい、社員をモチベートする必要があるというのが組合側の考えです。
加えて、競合他社の給与が増加傾向にある中で、当社の給与水準は現状維持であり、相対的に給与水準が低下しています。組合としては当社の掲げる高い目標の達成に向けて従業員に対して変化が分かるような賃上げを行い、皆の核となる「都築電気」のブランドをしっかり維持・進化させていく必要があると考えました。これらの組合側の考えを会社側に理解してもらい、意見の擦り合わせを行うのに苦労しました。
また組合員へのフィードバックも慎重に実施しました。交渉の過程や進捗状況を組合員と共有したいという思いを持ってはいたものの、1回1回の春闘交渉の結果を共有していては一喜一憂させることになってしまいます。そのため、交渉の方向性が組合員のモチベートにつながる内容になるまでは、なるべく組合員への共有を控えました。組合員へのプロセスの発信やフィードバックは、社内のポータルサイトの組合掲示板で行いましたが毎回ではなく、要所で「全体スケジュールの中で今はこの段階です」と、会議体のプロセスを伝える形を取りました。
最終的な妥結内容としては、3カ年での要求が単年にはなったものの、目標賃上率2%を満たす満額回答を得ることができました。妥結内容発信後の組合員の反応を見ると、今回の進め方は間違っていなかったと感じています。
――満額回答おめでとうございます。実際には労使協議は何回くらい行われたのですか。
石川氏/春闘要求前の事務折衝から回答書受領までのオフィシャルの会議体でいうと、計12回。それとは別に個別の対話がほぼ毎日のように繰り広げられていました。
――労使での対話に力を入れていたことが伝わります。春闘の取り組みで印象的だったエピソードを教えてください。
石川氏/今回の春闘の取り組みは、非常に長かったです。11月から組合内部での擦り合わせをスタートし、2月2日に春闘要求を提出。回答書受領が4月16日です。昨年より春闘要求を1カ月前倒したのですが、それにもかかわらず、結果的にここまで長引いてしまいました。
春闘以前からいろいろな経営層と対話はしており、その場では皆さん「従業員の給与を上げたい」と言ってくださりました。ただその思いは同じでも、支給方法についての考えの違いに頭を悩ませました。一時金支給が企業文化になっており、なかなか動かない山でした。経営としてもベースアップによる将来的コストを増やすというのは非常に勇気のいる決断だからこそ、今回のベースアップに対する覚悟がすごく伝わってきましたね。
当社の賃金テーブルは長らく変わっておらず、それが故に年収が横ばいです。今回一時金で妥結してしまうとこれまでと変わらない結果に落ち着いてしまうのではないかという懸念があり、だからこそ我々としてはベースから賃金テーブルの改定を実現したかったのです。
――労使の感覚が摺り合ってきたのは、どのくらいの時点だったのですか。また組合の思いを会社側が受け入れた理由は何だと感じていますか。
石川氏/こちら側の意図は理解してくれているものの、会社側の「簡単には決断できない」という姿勢は強固で、本当に最後の最後の段階で歩み寄りができたと思います。
最終的に受け入れられたのは、組合側がブレずに同じことを訴え続けたことが大きかったのではないでしょうか。昨年までなら妥協策を探していたと思います。でも今年は貫き通す必要があると考えて我々組合は対話に臨み続けました。その結果、最後に本当に腹を割った話し合いができたのだと思います。8年後の創業100周年に向けてどうありたいかという対話ができたのも印象的でした。
それから、組合側の要求・想いが徐々に会社側の出席メンバーに理解していってもらえたプロセスも印象に残っています。会社側は主席/副主席交渉人と人事部が出席してくれており、最終的には「ベースアップをやる・やらない」ではなく「どうベースアップを行うか」の観点で、どう通していくかを労使で相談するような議論となったのは非常に有意義でした。
――その結果、3カ年ではなく単年ではあるものの満額回答を得られました。妥結した時の様子も伺えますか。
石川氏/いちばんうれしかったのは「会社が定めた目標の達成は、多くの社員が前向きに動いてくれないと達成できない」という組合側のメッセージに対して、「先行投資」というキーワードを使って回答をいただけたこと。我々もこれがゴールではなく、ここからが会社の期待に応えるスタートだと身が引き締まる思いになりました。組合としてしっかり伴走していかなければと。会社に勝った、負けたではなく、時間をかけて語り合い、しっかりと議論して会社と共に決断したという手応えは大きかったです。
――労使でよりよい春闘にしていくために、どのような工夫をされたのか教えてください。
石川氏/まず定期的な情報共有の場を増やしました。これまでは春闘や労使協議といったタイミングでしか意見を交わす公の場がなかったのですが、月次での労使間ミーティング開催によって頻度が格段に増え、相互理解を進めることができるようになっただけでなく、情報の鮮度も上がりました。必要に応じて事案ごとに個別協議会も行いました。
また昨年から内部環境調査・外部環境調査を実施して、当社を取り巻く環境を把握したうえで春闘要求内容を検討するようにしました。財務諸表の読み方講座や経営マネジメント研修を企画して自分たちの知識レベルを高めたり、他労組との情報交換をしたりと自分たちの立ち位置の把握や、リテラシー向上に取り組めたと思っています。
さらに組合員への波及効果をしっかりと考えました。執行部が全員集まる合同委員会では、対従業員/対会社/対社会への効果についてワークショップ形式で議論を重ねました。ベースアップの効果については、従業員のモチベーションアップ、それが従業員のレベルアップにつながることでお客様満足度が高まれば社会に与える影響も大きくなり、会社の利益となる。そういった観点でのアプローチに努めました。
――登り方は違っても登る山は同じ。目指すところは一緒なのだと以前おっしゃっていましたが、そこをしっかり捉え、伝えていかれたのですね。
石川氏/都築電気として成長していきたいという思いは、組合側も経営側も同じです。各種分析データを見ても、給与アップしている会社はイメージもアップしているし、エンゲージメントが高い会社は業績成長率が高い。そういう情報も提示しつつ、我々としてはこうしたプロセスフローで会社を成長させていきたいんだというストーリー付けをしながら、経営側に提案していきました。要求が高すぎては会社側の負担が大きすぎて実現が難しい。どれくらいのベースアップであれば、会社にマイナスのインパクトを与えすぎず、従業員のモチベーションを高められるかを考えられたので、バランスの良い春闘要求案になったのではないかと考えています。
会社側も、経営層が従業員にビジョンを示し、我々も参画する組織や世代の枠を超えた公募型活動「ONE TSUZUKI」、制度改革など、エンゲージメントを高めるための取り組みを行ってくれているので、今回の春闘では、従業員への報酬/還元に特化した要求ができました。
――妥結直後の速報を見た組合員の皆さんの反応はいかがでしたか。
石川氏/現在、春闘に対するアンケートを実施しており、去年のアンケート結果と比較してどう変わったかをしっかり数値で捉えたいと考えています。
ただ、交渉中の掲示板上での組合員の反応を見ると、昨年までは「どうせ今年も一時金でしょ」「結局もらえるの?もらえないの?」など、自分事になっていないコメントが多かったのが、今回は「どんなことを言っているの?」「何とかベースアップいけそうなのか?」など、自分ごととして興味を持ってくれる組合員が非常に多かった印象です。また、今回の妥結内容について組合員の反応を確認した限りでは非常に盛り上がっているようでした。一時金ではなくベースアップで満額という回答に、組合員の驚きは大きかったようです。「モチベーションが非常に上がった」といった声もいろいろなところから届いています。
――満額回答はもちろん、一緒に都築電気を成長させていくための先行投資という思いを会社が汲んでくれたところも、従業員にとってはうれしい部分ですね。会社にしっかり貢献しようという気持ちも高まります。春闘には大きな意味があるとあらためて感じました。長かった春闘を通して得られたものとは何でしょう。
石川氏/これほど会社のことを考える時間は他にないと思いましたし、経営層が何に悩んでいて、なぜ決められないのか、どういう方向に向かっていくのかを確認できる非常に有益な時間でした。まずはそこの対話を重ねることができたこと、対話を通して会社に対する理解度、解像度が上がったことですね。都築電気が今後10年20年と発展していくためにどれくらいの売上高や営業利益が必要なのかという数字面、どういう従業員でいてほしいのかという人材像や姿勢、また組織としての在り方など。どちらも考える春闘になったことが、個人的には大きかったと思います。そうした価値観を執行部全体として醸成できているので、執行委員が得た知識・思いを、組合員自身のレベルまで落とし込めたらと、今回の春闘を通して強く感じました。
今回初めて春闘を経験したある執行委員が「会社の数字や役員がどう考えているか、今回のベースアップ後どうしていかなければならないかなどを考える機会を得て、とても勉強になったし、経験値が上がった」と言ってくれました。
自分ひとりの一担当者としての視点だけでなく、部門長を超えて役員層の考えまでを踏まえたうえで考え・意見を述べるという経験は他では得難く、視座が上がると思います。
――今回の春闘の一部を、j.unionとしてご支援させていただきました。第三者機関を相談役にすることの効果や感想などお聞かせ願えますか。
石川氏/この1、2年で大きく入れ替わっている執行部メンバーが、変化を推進しようとする中で軸をブラさず活動できるのは、「都築電気労働組合の過去を知る第三者」という貴重な立ち位置でj.union様にサポートいただいているからだと思っています。他労組の動きなど外部動向の情報提供という観点でも効果的なご支援をいただきました。
――最後に春闘の感想や今後への思いをお聞かせください。
石川氏/今回の春闘では、創業初のベースアップを実現しております。
これは当社にとって大きな転換期と考えており、経営と 「ともに」 決断することが出来た結果と考えております。
労働組合としては、準備期間から考慮すると約6カ月、交渉だけでみると約2カ月と会社と向き合い続けた時間は非常に濃く長い時間となりました。
今回ベースアップを勝ち取ることがゴールではなく、長期ビジョン・中期経営計画で定める高い目標を達成するために、経営から現場まで一体感をもって推進していくことが重要と考えております。
今回の決断が 「良い決断」 であったと振り返ることができるように、一人ひとりが意識を変えて、 「TSUZUKI ReBranding」 を実践していくために
労働組合は社員の中でも先導していく存在であるとともに、会社に伴走する組織であり続けたいと思います。