見出し画像

【インタビューVOL.04】組合の新しい可能性を探る/ゲスト:武庫川女子大学教授 本田 一成 氏

労働組合に関わるさまざまな人(労働組合役員やOG・OBなど)に「労働組合の新しい可能性」についてお話を伺うインタビューシリーズです。

今回は、 武庫川女子大学教授 本田 一成 氏にインタビューさせていただきました。スーパーやチェーンストア業界の労働問題を主軸に、労働組合の女性「クミジョ」問題の研究と活動で注目を集めている本田氏。
組合で活躍する女性たちの調査を続けている本田氏だからこそ見える組合の可能性や組合への期待を提言いただきました。

本田 一成
法政大学大学院社会科学研究科修士課程修了(経営学)。公的研究機関、國學院大學教授を経て2021年4月より武庫川女子大学教授。人的資源管理論、組織行動論、労使コミュニケーション論。
近著に『オルグ!オルグ!オルグ! 労働組合はいかにしてつくられたか』(新評論)、『メンバーシップ型雇用とは何か』(旬報社)、『非正規という働き方と暮らしの実像――ジェンダー・法制・労働組合を問い直す』共著(旬報社)など。

―労働組合を研究対象としたきっかけをお聞かせください。

本田氏/私は基本的には流通産業、中でもチェーンストアの労働問題の研究者です。修士論文はアメリカの労働者の転職や昇進をテーマに書いたのですが、アメリカの雇用差別裁判で一番判例が多かったのがチェーンストアだったのです。チェーンストアは女性労働者が多いため、ジェンダー不平等の問題にも早くから気づきました。日本では主婦のパートタイマーというと気楽な立場だと思われがちですが、実際はパート収入がなければ生活が苦しい家庭がたくさんある。パートでも正社員並みの働きぶりが求められるのに、同職種の正社員の半分以下の賃金しかもらえていないこともあり、みんな不満を抱えながら働いている現実があります。その研究を進める中で、労働組合の人たちとお付き合いがありました。チェーンストア研究については博士論文を書いてから、書籍を三冊上梓し(チェーンストア労働三部作)、一定の区切りをつけました。次の研究テーマを模索する中で、焦点を当てたのが労働界でがんばる女性たち「クミジョ」でした。女性が直面する特有の困難に光を当てるため、あえて「クミジョ」という言葉を使っています。
 
 労働組合については、賃上げや時短など外部への組合課題についてよく議論されていますが、内側もヤバいぞということは30年前からよく分かっていました。クミジョたちから聞こえてくるのは「クミダン(労働界でがんばる男性)」への不満、悪口ばかり。その原因は男性型組織にあるだろうとあたりをつけ、その実態を探ろうと思ったのです。

 まず約100人のクミジョへインタビューを始めました。単組、産別、地方連合などによって、あるいは職員か役員か、非専従か専従かによって悩みは異なりますが、共通して言えるのはクミジョが増えていないことと、なぜ増えないのかをまともに議論していないことです。クミダンは「クミジョが育っていない」と言いますが、そもそもクミジョのことを認めていない。男性が優越状態にある支配構造であるといってよいでしょう。


―女性が男性に従わされている構造に問題意識を持っているクミダンはかなり少ないように思います。

本田氏/その通りです。日本のジェンダー・ギャップ指数は世界最低クラスで、出生率とも連動しているのに反転の兆しすらありません。ここまで男女対立が激しいと議論が起こらない。女性が「言っても無駄」「何もいいことはない」と諦めてしまっているからです。しかしクミダンは何も気づいていない。それは困っていないからです。クミダンはクミジョの気持ちを全然分かっていないというだけでなく、耳を疑うような差別やハラスメントもたくさん起きているという声も聞いています。正直、しんどいです。糾弾するというのではなく、事実を言える場所や制度を作っておかないとクミジョがもっと傷ついてしまうのではないかと心配です。


―女性も一枚岩ではなく、手を組めていないという側面もあるのではないでしょうか。

本田氏/「女性の敵は女性」とよくクミダンもクミジョも言うのですが、実はそこにも男性が関与しているんですよ。男性にとって都合のいいクミジョとそうじゃないクミジョとの争いだったりすると、結局男性が絡んでいるわけじゃないですか。男性と同化しているクミジョはクミダンにとってありがたい存在。仲間が増えることになりますから。そういうクミジョとそうじゃないクミジョが合わないことを「女性の敵は女性」とは言えません。

 そもそも社会全体が女性にとって生きづらいわけで、純粋な意味で「女性の敵は女性」というのを私はあまり見たことがないんです。「それ男性絡んでない?」と言うと「あっ!」というのが多い。男性と同化したクミジョとクミダンが、そうじゃないクミジョを排除するために、「女性の敵は女性」という言葉が利用されているのです。


―男性が女性を利用して、男性中心の社会に加担させようと仕組んでいるということでしょうか。

本田氏/仕組んでいるとまでは言いませんが、結果としてそうなっている構造がずっと続いているということです。下手をするとクミダンもクミジョもそれに気づいていないのではないでしょうか。クミジョとクミダンが真のパートナーになるためには、当事者も気づいていない構造を明らかにすることも必要だと思います。

 四役とか支部長のポジションにいるクミダンのあいさつを聞く機会が多いのですが、ジェンダー平等を熱心に語る人は極めて少なく、そのことに疑問を感じるクミジョはたくさんいます。重要だと言いながら年初のあいさつで一言も触れない。そういう細かいところを見て、結局本気なんかじゃないのねとクミジョは気づきます。しらけているクミジョの存在を見逃し続けた先に何が待ち受けているか。それは労働組合の解散です。
 
 現在の組合組織率は16.3%※ですが、組合のリアル組織率(組合加入に意義を見いだしている人の割合)は10%もないでしょう。今までは無関心層として処理してきました。組合員の組合離れが進んでいると。でも虚心坦懐に現実を見つめれば、無関心層ではなくて、ユニオンアボイダー(回避する人)やユニオンヘイター(敵視する人)に変貌します。このままアボイダーやヘイターの数が増えていき、彼らが解散動議を起こした時にはそれに抵抗するだけの支持者はいないでしょう。実際に近年解散している組合も増えてきていますし、選択肢が少なくなっていることを自覚するべきだと思います。少しでも早くクミジョを巻き込んで、組織を編み直さないといけない。SDGsや多様性を派手に掲げる組合もありますが、目の前のクミジョの問題にも取り組めないでいて、そんな難しいことができるんですかと問いたいですね。


―労働組合が消滅してはならない、と強く願うのはどのような思いからですか。

本田氏/期待しているからです。組合は人類が発明した素晴らしいものなんですよ。労働者が連帯して行動していくには組合以外ない。非正規の救い方や長時間労働からの脱却など、労働者の宿命から脱する手段を編み出す可能性を持った唯一の存在なのです。それが内部組織の崩壊によってつぶれていくのはとても見ていられません。そんなずさんなやり方で期待を裏切って、しかも次世代も苦しめる気ですか。女性は関係ないなどとつまらないことを言っている場合ではないと思います。労働者の半数は女性なのに、なぜそんなにアボイダーやヘイターを増やすのか。


―ジェンダー平等を真に実現しようとするならば、同一労働同一賃金の問題から目をそらすことはできません。それはすなわち、いわゆる男性正社員の賃金原資をある程度手放さなければならないということでもありますよね。その決心がつけられるかどうか。

本田氏/究極的にはそうですよね。原資は限られていますから。女性が多い非正規社員の賃金を上げるというのは、正社員にとっては嫌な話なわけです。雇用側は労働時間も賃金も奪いたい。労働者側は労働時間も賃金も奪われたくない。その戦いの末に、今の状態になっているわけですよね。だから正社員と非正規社員が分断してしまい、「いやだったら正社員になりなさい」という上からの発言になってしまう。でも非正規社員からすると「いつも一緒に働いているでしょ」「何なら私が仕事を教えているでしょ」「なんで賃金格差がそんなにひどいんですか」と。これが実情です。


―パイの分配のあり方については、経営者はどのように捉えているとお考えでしょうか。

本田氏/自著の中で、賃金と時間のいずれかを奪われる労働者の宿命について書いています。賃金を確保するために時間を奪われた働き方を、主に男性正社員に該当することから、M(Male)型、他方、時間を確保するために賃金が奪われた働き方を、主に家庭の役割を多く担ってきた女性労働者に該当することからF(Female)型と呼んできました。しかし経営側からみると性別などどちらでも構わないのです。だからF型雇用形態に男性が入ってくる。実際に低賃金にあえぐ非正規雇用の男性の割合も増えてきていますよね。むしろAIなど労働分野に技術革新が起きて、高い賃金を払ってでも長時間働いてほしいというM型の人数はどんどん減っている。F型雇用が法的に許されるのであれば大半はF型でいい、時間は短くていいから安いほうがいいと考える経営者が増えています。

 なぜそれを組合が問題にしないのか。M型雇用を維持するために自分たちで生み出したF型に男性もガンガン入れられているという現実に気づけよと思います。自分たちだって早期退職を迫られたらM型から転落する可能性は十分にあるのです。だからまだ組合に余力があるうちに、労働法で規制をかけて、安い労働力を容易に調達できる社会構造をあらかじめつぶしておく。そういう組合運動をしなければいけないはずなんです。そもそも本来は社会構造の問題、政治の領域で取り組まなければならないのに、よくぞここまで職場だけの問題にしてきたなとも思います。

 ただし一つ落とし穴があって、F型雇用形態を温存してほしい女性が一定数存在するということです。たとえ低賃金であっても責任の範囲が限定的で、時間に融通の利く働き方がいい、と。これは女性にそういう経験や自信を積ませる機会を奪ってきたという社会構造の問題でもあるし、実態として家庭領域についての負荷が女性に偏っていて制約が多いということの表れでもあります。これらの問題を棚上げにして無理やり雇用形態に風穴を開けても女性の雇用環境が不安定化するだけでしょうね。


―男性は生活問題に対する当事者意識がまだまだ乏しいのも問題ですね。

本田氏/そういう議論が本当に必要です。だから労働組合が衰退すると困るのです。衰退してしまう前に組合で働き方だけでなく、暮らし方も議論しなければならないのですが、その場づくりにまで至っていない組合がほとんどだというのが現実でしょうね。


―F型雇用の方々を組織化することを嫌がる労働組合が多いですが、小売業には組織化していく動きがあります。それは小売業特有の話なのでしょうか。

本田氏/小売業だけに限らない共通事項をいうと、組織化しないと困るからやろうとしているわけですね。つまり代表性も確保できないし交渉力も落ちるからやると。それでは組織化されるほうも嫌なわけです。小売業特有なのは、会社と労働組合がユニオンショップ協定の改定を行い、有無を言わさず非正規社員を組合に加入させてしまうことなんです。
 もっとひどいのは、非正規社員を道具として組織化する場合もあることです。正社員が少ない企業の中には、本部の専従が1、2人しかいない労働組合もあります。財政不足だからです。じゃあパートタイマーを組織化して財政を確保しようと。それで専従を増やしたといっても、パートタイマーの意思は無視され、道具として利用しているだけです。
 
 クミダンは、クミジョであれ非正規であれ、未知のことを恐れます。保守的なんです。パートタイマーを組織化してクミダンが最初に驚くのは、パートタイマーからはこんなに要求項目があるのかということ。それを仲間の組合から聞いているものだから、そんなに大変ならやめておこうと考える組合もたくさんあると思います。


―潜在的な脅威を感じて、クミジョの勢力がこれ以上伸びない程度に抑え込むというマネジメントをする組織も多いかもしれませんね。

本田氏/男性側が納得すればクミジョは増えると思います。腑に落ちていないから増えないし、増やそうとしても妨害される。増やしてどうするのかという見取り図を描いてそれに賛同してくれるクミダンを増やしたほうがクミジョは増えます。

 ただ腑に落ちていなくてもクミジョが増えている組織もあるんです。よく分からないんだけど増やしてみるかと。クミジョの不満を聞いて、反発はするんだけれども、自分のことかもとへこんでクミジョに相談するクミダンも出てきています。こういう組織は筋が良いし、実際にクミジョが増えています。筋の悪い組織は同調圧力が強いと感じます。


―クミジョへのインタビューの中で、不満・悪口のその先の話として、具体的に議論したいテーマ、あるいは議論の糸口となるような話は出てきていますか。

本田氏/こちらから問いただしたりはしませんが、そういう話は出てくるし、アイデアを持っているクミジョもいます。クミジョが口をそろえて言うのは、「なんでクミダンはそんなに何でもすぐに解決したがるの?」です。まずは「きちんと現状把握するところからでしょ」と。


―組合も会社も男性中心のピラミッド型組織構造です。もし男性が全員降て女性委員長に組織づくりを任せたら、ピラミッド型組織はつくらないのではないかとも思います。

本田氏/実際に、あえて時間に制約のある子育て中のクミジョをリーダーに選出し、組合運営や活動がどう変化するか実験している組織もあります。そうした取り組みの中でいろいろなアイデアが出てくるのではないかと思いますし、いいところを探さなければいけないとも思います。


―ある電機メーカー労組の男性副委員長が、支部の三役を全員女性にしました。1年後、2年後どんな変化が起こるか、今まさに実験中です。

本田氏/素晴らしいクミダンですね。そういうクミダンを取り込んだり、刺激したりすることも大切なことです。


―日本の各界と比較して、労働組合界のジェンダー・ギャップは大きいでしょうか。組合の衰退を防ぐために、女性を手段や道具化してもっと活用しようという動きになってしまわないか心配です。

本田氏/政界と同じくらい深刻だと思います。単組よりも現場がない連合や産別の機能のほうがジェンダーバイアスに対する意識が低いと感じます。男性は「女性はうるさいからいらない」とジェンダーバイアス丸出しのことを平気で言いますし、女性は女性で「なんで私たちがそこまでやってあげなきゃいけないの」と及び腰です。それくらいジェンダーバイアスをどうにかしようという機運は高まっていないのです。組合を存続させる方法がクミジョの活躍以外にあるのなら聞いてみたいです。

 とはいえ、組合の衰退防止を目的とした道具化では女性の共感は得られません。構造的に女性を支配できる状態は古くから確立しているため、それを変えることの苦痛は非常に大きいでしょう。しかし、クミジョの参画と平等を実現するための努力が、組合の存続に不可欠であることをもまた揺るがぬ事実なのです。この構造は、男性側から勇気を持って壊しにいかなくてはなりません。


―先生には「クミジョ・クミダン パートナーシップ プロジェクト®(K2P2)」※でもご協力いただいています。

本田氏/クミジョだけのコミュニティー、クミジョクミダン関係なく集まるコミュニティー、具体的な共通テーマを持ったクミジョクミダンが集まるコミュニティーなど、いろいろな方が集まっていただける居場所や保健室をつくり、運動体にしていければと考えています。

※「クミジョ・クミダン パートナーシップ プロジェクト®(K2P2)」は 武庫川女子大学教授 本田一成 氏 と j.union株式会社の登録商標です。

最後にインタビュアーのj.unionメンバー(淺野 淳:写真右、竹内 進:写真左)と記念撮影。
インタビューから本田教授の熱いエネルギーを感じました。
大切な視点をお話しくださりありがとうございました。