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労使自治が問われる24年春闘

このコラムは、元連合副会長・元JCM議長(現顧問)・元電機連合委員長(現名誉顧問)である鈴木勝利顧問が、今の労働組合、組合役員、組合員に対して本当に伝えたいことを書き綴るものです。


組合の結成や組合員の範囲などについて、各国各様の形がある。
アメリカはオープン・ショップ(労働組合への加入・不加入が労働者雇用の条件でなく、労働組合への加入は労働者の任意であるとする制度)だが、一事業場において過半数の従業員が組織されなければ労働組合の結成は認められない。

その一方で唯一交渉権が保障されているので、結成された組合にしか会社との交渉は認められない。だから、他に組合(第二組合)を作っても会社とは交渉できないから、日本のように企業内に複数の組合が組織されるようなことはない。


アメリカでは、同時にユニオン・ショップ協定(採用されると同時に、あるいは労使の協定による一定の試用期間を経て労働組合への加入が義務付けられ、組合から脱退し、もしくは除名されたら使用者は当該労働者を解雇する義務を負う、というのが本来の制度である。しかし、日本の多くの組合が導入しているユニオン・ショップ協定は、必ずしも組合に入らないからといって解雇されることはない)は禁止されている。
なぜか、組合への加入が義務付けられるユニオン・ショップ協定は、組合員個人の自由な意思を拘束すると考えられ、一方で、組合への加入を個人の自由意思に委ねた上で、半数以上の賛成で組合が結成されれば、その組合だけに交渉権を保障する(唯一交渉権という)ことによって、他に組合ができても会社と交渉することは認められない。だから第二組合ができない(他に組合=第二組合ができても交渉権は認められないから新組合は存在価値がない)。

日本でも昭和25年の新労働組合法の制定に当たって、この問題が法律学者を中心に議論されたが、ユニオン・ショップと唯一交渉権の両方を保障した場合、その時々のリーダーの思想によって組合員の自由意思が無視される(リーダーの意思に反すれば組合員の資格を失ってしまう)ことや、労使関係が破綻することが眼に見えていたので唯一交渉権は見送られたと推測されている。

そのため日本の法律では、「社内組合と、そこだけに唯一の交渉を認める労働協約を結んでも、第二組合に対して団結権および団体交渉権を侵害することはできず、唯一交渉団体条項自体が無効となる。唯一交渉団体条項の存在を理由に、社外の合同労組からの団体交渉を拒絶することは,不当労働行為となる」。
だから「労働協約で唯一交渉団体条項を結んでいても、社外の別の労組からの団体交渉を拒絶することはできない」のだ。

また、労働組合法では、「使用者が労働者に対して労働組合の組合員たることの故をもって解雇その他の不利益取扱いをなすこと、および労働組合に加入しないこと、または労働組合を脱退することを雇用条件とすること」を禁止しているが、このような契約を「黄犬(こうけん)契約」という。
 
浅学の身であえて感想を言えば、今の世に、こうした黄犬契約を結んでいる例は知りえないが、労働組合の結成をめぐるさまざまな紛争がある現状からは、十分に留意しておく必要があるといえる。
 

さて、日本の労使関係のもう一つの特徴とされる、給与から組合費を自動的に引き去るチェック・オフについても考えてみたい。
日本の企業別組合は、従業員が会社に入社したら、自動的に労働組合に加入するユニオン・ショップ制度と、組合費の天引き=チェック・オフ制度の二本立てで成り立っているといっても過言ではない。
 
チェック・オフとは、使用者が労働組合からの委託を受けて、組合員である従業員の賃金から組合費を徴収して組合に納入する仕組みをいうが、この制度に対して、組合の政治活動が自分たちの政党を支持してくれないからとチェック・オフ制度の反対する動きも絶えない。
 
また、チェック・オフ制度を使用者が認めることが組合に対する経費援助ではないか、あるいは労働組合に対する支配介入ではないか、などの疑念も出されるが、いずれの疑念も判例において否定されている。
 
日本の企業別組合組織を支えているのは、ユニオン・ショップ協定とチェック・オフ制度といえるのだが、ユニオン・ショップ協定がなければ、組合が新入社員一人一人を把握し、個人個人に組合への加入を説得しなければならない。考えただけでも多大な労力を必要とすることがわかる。
 
それをクリアしたら、今度は毎月の組合費の徴収が待っている。チェック・オフ制度がなければ、職場の組合委員が新入社員を把握し、組合員全員から組合費を徴収しなければならない。しかも、それを毎月毎月繰り返さなければならない。職場の委員は非専従だから、仕事の合間々々であったり(この場合、就業時間中の組合活動にあたるから会社側との合意が必要になる)、休憩時間をそれに費やさなさなければならない。もちろんそれにはプラス面もある。組合費の徴収時に組合の委員と組合員の間の意思疎通が図られ、組織の強化に大きく貢献することができるからである。
 
しかし、ユニオン・ショップ協定や、組合費の天引きを前提に活動してきた企業別組合にとって、それは不可能に近いといえる。もちろん、当初からオープン・ショップであったり、組合の結成を経営者に妨害されるような場合には、それを克服していかなければならない。
 
2008年3月、大阪市では自民党が「職員の給与に関する条例の一部を改正する条例案」を提出、賛成多数で可決された。それによって2009年度から大阪市職員のチェック・オフは廃止されることになった。
 
報道によれば、その背景には日常的な労使関係の混乱があるとされ、特異なケースと考えられるが、こうした動きが生まれつつあることにも留意しておかなければならない。
 
総じていえば、ユニオン・ショップ協定もチェック・オフ制度も労使自治の範疇に入るもので、政治や外部の介入があってはならないものなのだ。労働組合は、何事にも政治や外部勢力の介入を許してはならない。あえて言えば、春闘における賃上げも、政党や外部の応援はあったとしても労使交渉以外の場で決められることがあってはならない。労使が汗を流して交渉を通じて解決することこそが労働運動の基本である。
 
それとも中国共産党の指導者であった鄧小平が述べた有名な言葉

【黒い猫でも白い猫でもネズミを捕るのがよい猫だ】

(計画経済であれ市場経済であれ資源配分の手段の一つに過ぎず、政治制度とは関係がない。資本主義にも計画はあり、社会主義にも市場はある。生産力の発展に役立つのであれば、実践の中で使用すればいいという考え方をいう。これを春闘を例にしていえば、どのような方法や交渉形態であっても、賃上げができればなんでもいい)のように考えるのが正しいのか。

 

政府が労働組合運動に介入することを認めれば、政府から賃上げの自粛を求められたら従うことを意味する。
 
たとえば、政府や経団連が賃上げを推進しようとする理由に挙げている、「賃上げで経済の回復を図る」という主張も、春闘が始まってこの方、労働組合が絶えず主張してきた「賃上げで内需拡大を図る」のコピーであるし、これに対する従来の経営者側の反論「賃上げはマクロの経済論よりも、ミクロの企業業績で判断する」という理論が破綻したことを認めたことになる。その主張への反省もみられない。
 
24年春闘を目前に控えて、岸田首相の方針に頼った交渉を行うのか、労使がそれぞれ独立した立場で交渉を進めるのか、労使はその答えを出さなければならない。


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