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【No.9】賃金・労働条件の個人処遇化に、個別的労使関係での分権的組合活動が必要だと判断し、取り組んだA労組の先進的活動

j.union社の“WEBメディア―勉強note「働く×マナビバ」”開設にあたり、これから趣を新たにして、私の遺書として上梓した西尾力(2023)『「我々は」から「私は」の時代へ―個別的労使関係での分権的組合活動が生み出す新たな労使関係』日本評論社の内容紹介を兼ねて、シリーズにて「個別的労使関係での分権的組合活動の理論と手法」を綴っていきます。
※前回の記事はこちらから


1970年代までは、労務管理、あるいは人事・労務管理と呼ばれていた時代の企業の労働者管理は、集団管理の視点で見られ、その役割は労使関係の調和であるとされていました。しかしそれが、1980年代に入り人的資源管理論と呼ばれるようになり、さらに1990年代半ば以降は、戦略的人的資源管理と言われるようになって、労使関係よりは個別管理として捉えられるようになりました。そして、近頃では「人的資本の経営」とも呼ばれるようになっています。この変化は、より労使が同一の目標に向かって、ともに協力していけるような協働関係とみなすものとなり、一見好ましいようにもみえますが、その背後には労使関係を無視してしまう傾向が見られることに、労働組合の関係者は注意をしなければなりません。
 
その代表的な忠告例として、日本労働研究機構報告書(2002)は、

「アメリカでは、多くの未組織企業で非組織化維持政策として人的資源管理戦略を採用し、熟練度ベースの賃金制度や精巧な労使コミュニケーション手段、苦情処理制度の導入によって従業員に組合結成の動機を与えないようにしている。…労働条件のよい企業や従業員とのコミュニケーション施策の充実した企業では、組合が結成されにくいと推論される。今日の企業が採用する人的資源管理そのものが、労組の組織化や加入を必要としないもの、すなわち組織率の低下をもたらすものとなっている」(p.10)

と紹介しています。
 
このような人的資源管理による賃金・労働条件の個別化処遇に直面してきた、日本の労働組合は、その対処策に大きな問題をはらんでいました。それは、能力主義管理(人事考課)を容認して、賃金・労働条件の個人処遇化に道を開いているにもかかわらず、活動を集団的労使関係での集権的組合活動に限定して、賃金・労働条件の個人処遇化の現場での活動(個別的労使関係での分権的組合活動)を怠ってきたことです。
 


以上のような問題意識から、西尾(2023)において設定された仮説は、次の2点にまとめられます。

  1. 組織率の低下と組合離れが示唆するように、集団的労使関係での集権的組合活動に限定した日本型労組主義(集団的労使関係優先主義)は限界である。

  2. 「動態的課業管理」(前年比で事業目標を設定して、それに連動させる形で各労働者に当期業務目標が設定されるが、労働時間管理は職場まかせになっている)と「能力主義管理」(人事考課)を受容する「極北の地」に位置する日本の労組においては、労働力の個別取引が必然とされている。そこでの突破力は、個別労使交渉・協議力(発言力)と職場での自主管理力である。

「極北の地」という表現は、個別労使交渉で賃金が決まる国のことを表すもので、石田(2009)にて、

「賃金は企業が決める、あるいは賃金は企業の採算性によって決まる、このことに何の疑いも持たない私たちは分権化の極北の地の住人なのだ」、「個別化は同じ組織に働いていて、同様の職種に従事していても個々人の働きぶりが賃金に反映されるという意味だが、頑張る人もそうでない人も同じ賃金なら『張り合いがない』と考える、私たちは個別化の極北の地の住民にふさわしい」(p.66)

とか、

「雇用関係の分権化と個別化の極北の地にふさわしく賃金も仕事も職場も、それも詰めて言うと上司部下の間で決定される」(p.85)、

と述べていることに由来する、日本の労働組合の独特の立ち位置を表す言葉です。
 
西尾(2023)における仮説設定を、言い換えまとめると、成果主義への転換に対抗して、目標管理・人事考課制度の各面談を個別労使交渉・協議の現場(労働者一人一人の発言や決定参加の機会や場の確保と実行)に替えている先進的労組の活動とその成果の事例から、つまり個々人の各面談(個別労使交渉・協議)をサポートする活動事例を通して、個別的労使関係での分権的組合活動が、職場での規制力の発揮と労働運動の再興の道(社会的存在意義と求心力の低下に対する防止策)であることを、明らかにすることができる、というものです。
 
そして、作業仮説としては、労働力の個別取引が必然とされている日本の労組において、組合活動の再活性化のためには、個別的労使関係での分権的組合活動が必要だと判断し、取り組んだA労組の先進的活動の調査研究によって、仮説検証とともに、個別的労使関係での分権的組合活動の意義と価値を立証できる、と試みた調査研究です。
 

1990年代以降、日本企業において、経済環境のグローバル化とともに人事制度も市場志向的なものへと改革が進み、労使関係は疎隔化し、個別化・分権化だけでなく短期化も加わり進みました。A労組が所属するX企業グループも、経営環境の変化に直面し、その環境変化に対応した事業構造や組織体制の大転換に、踏み切らざるをえなくなりました。
 
その改革は、2001年度から「構造改革」と名付けられた賃金・人事制度の見直しが始まり、新たな事業展開にふさわしい賃金・人事制度へと改革され、年齢賃金の見直しと共に、成果・業績重視の評価制度へと変わりました。導入された評価制度は、業績評価と行動評価との2本柱でした。
 
その改革の柱となったのが目標管理制度で、それに基づく面談は、現在、目標設定面接(期首面接)→フィードバック面接→進捗確認面接→成果・反省面接(中間面接)→フィードバック面接→進捗確認面接→成果・反省面接(期末面接)のサイクルになっています。
 
業績評価のための目標管理制度のシートは、まず上司が会社や部門の事業計画、戦略、方針に基づいた自部門やチームの課題、部下の担当職務などを指示し、それを受けて部下自身が自身の役割や業績目標と、その目標を達成するためのプロセスを記入する様式になっています。行動評価基準(評価対象期間中の日常の職務行動のみを評価)は、課題探求性、課題遂行、チームワーク、専門性の4項目が、社員資格等級別に詳しく設定されています。
 
そして、上期と下期の2回、自己判定(「1.目標とする成果・業績を上回った」「2.目標とする成果・業績をほぼ達成した」「3.目標とする成果・業績を下回った」かを自己判定)して面談に臨むことになっています。
 
このように、1990年代以降の構造改革が、特に賃金制度において個々人に対する能力や業績に対する評価のウエイトを高めたことについては、多くの企業にて実施されました。もはやこれ以上説明する必要はないでしょう。
 
しかし、私たちが注目すべきことは、どのように目標管理・人事考課制度に変更されたのかではなく、それらの制度を実際に運用し、部下を評価する管理職や評価される社員側の制度の理解度や運用力です。成果主義的人事制度に移行した多くの企業で、制度の変更点についての資料が作成され、管理職や一般社員に対して制度変更の説明会は開かれていました。また、管理職への登用に当たり、考課者訓練はおこなわれています。しかし、それらは必要最低限の説明会や考課者訓練の開催であり、職場において導入された目標管理・人事考課制度が目的やねらいどおりの運用になっておらず、部下の側も公平感や納得感を感じるものとなっていません。
 
制度と実態とは明らかに乖離したものとなっています。したがって、目標管理・人事考課制度は、制度の変更内容を明確にするよりも、実際の運用実態を探り、特に評価される部下の側がどのように制度を受けとめ、感じ、運用しているのかを明らかにすることのほうが、重要なことです。
 
よって、企業が人事考課・査定重視へと移行させたことへの対処策として、A労組が始めた被評価者セミナーの取り組みについて理解することがなによりも重要なことです。
 
 
賃金・人事制度の成果主義的改革に対抗してA労組が始めた、2003年からスタートし今日まで継続されている、組合員向けの被評価者セミナー(被考課者訓練)の講義の趣旨は、次のような内容です。
 
これまで人事評価が経営の専管事項とされていた壁を越えるチャンスとしてとらえ、かつブラックボックスであった評価にどのように参画するのか、評価情報の公開性をどのように実現するのか、そして、人事評価制度に客観性・透明性・納得性・公正性をもたらすための戦術を目標管理制度の期首から期末の過程でどのように駆使するのか、それらの方法を被評価者である組合員に教示するものでした。
 
成果主義型の目標管理・人事考課制度とは、個別の労使交渉・協議の機会でもあり、仕事の進め方に部下も口を挟めるものであり、そのことによって上司をマネジメントする力が発揮でき、これまで労働者は弱いとされてきた個別的労使関係を労使対等にしていける制度へと変えられるものである、と訴えるものでした。
 
昨今増幅するストレスとは、「要求の高さ×見通しの立たなさ×支援のなさ」(宗像恒次筑波大学大学院名誉教授の定義)であることから、要求の高低は環境の違いで判断は分かれるものの、見通しを立てることと、上司等から支援をとりつけるための面談にする工夫によって、目標管理制度はストレス・マネジメントにもなりうる、とするものでした。
 
また、人事考課制度は、単なる能力査定だけではなく、

  1. 賃金管理上の情報収集によって適正な賃金と昇給のための公正な処遇を実現する

  2. 配置管理の人事情報の収集によって適正な人配置と昇進・昇格のための適材適所を実現する

  3. 能力開発・教育訓練上の情報収集によって求められる能力と保有能力のギャップから能力開発・教育訓練ニーズを探るための人材育成を実現させる制度である

―以上のことを組合員に伝え、目標管理・人事考課制度を逆活用していくように、参加者に勧める教育研修でした。
 
このように、A労働組合の対応は、賃金・人事制度の改革で個別化・分権化する労使関係に対して、それをむしろチャンスとして捉えて、それに真正面から対峙する個別労使交渉・協議を組合員一人一人が自信を持っておこなえるようにしていこう、とするものでした。
組合員一人一人が、自律的・当事者的に、個別労使交渉・協議という組合活動にコミットメントさせることで、組合員の組合離れを阻止しようとしたものでした。
 
この取り組みは、1980年代後半から1990年代に展開されたUI(ユニオン・アイデンティティ)運動が、組合員の直接的関心を引き出そうとしたにもかかわらず、「請負代行型」のままとなっていた弱点の克服策でもあったと言えるでしょう。
 
 
参考文献
石田光男(2009)「日本企業の人事改革と仕事管理―正社員の雇用関係」石田光男・願興寺晧之編『労働市場・労使関係・労働法』明石書店
西尾力(2023)『「我々は」から「私は」の時代へ―個別的労使関係での分権的組合活動が生み出す新たな労使関係』日本評論社
日本労働研究機構報告書(2002)『労働組合の結成と経営危機等への対応―90年代後半の労使関係』No.150

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