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経営者は解雇が簡単にできないことを銘記すべき

このコラムは、元連合副会長・元JCM議長(現顧問)・元電機連合委員長(現名誉顧問)である鈴木勝利顧問が、今の労働組合、組合役員、組合員に対して本当に伝えたいことを書き綴るものです。


 広い日本、コロナ禍の影響を含めて数多い中小企業を中心に、今日もどこかで従業員の解雇問題が発生している。

 会社生活ではさまざまな決まりごとがある。決まりごとは法律で決まっているものや、あるいは毎日の積み重ねで当たり前に存在している決まりごともある。そして今は、過去の歴史の延長線上にあるといってよい。
 その決まりごとの中で、働くものにとって一番大事なものは「雇用」されることであろう。労働者は働くことによって会社から賃金を得、生活しているからである。しかも生活をしているのは当該の労働者一人ではなく、その家族を含めた一家全員に及ぶのである。
 だから経営者の責任は個々の従業員だけでなく、その家族全員の生活を左右する責任を負っていることを忘れてはならない。

 それだけに採用した従業員を解雇するにはさまざまな制約が課せられている。かつては自由に採用し、自由に解雇してきた経営者の思いのままであったが、次第に経営者の行為に制限を課すことを目的に法律が整備されていく。それらの法律は制定時から今日まで、時代の進歩に合わせてふさわしい内容へと変化してきた。今、私たちが享受している法律(憲法、労働六法)は今までの歴史の集大成と言えるのである。

 時代は変遷し、解雇が人々の生活を困窮にさらす重大な問題であることから、経営者が自由に解雇できないよう制限を加えるようになる。
 まず第一は、解雇は社会的常識に反する行為である旨の規範を作り上げたことである。
 法律用語をそのまま引用すれば、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合はその権利を濫用したものとして無効とする」というものだ(労働契約法16)。
 この条文は、すべての解雇に適用される原理・原則で、民法でいう「解雇権濫用(らんよう)法理」といわれるものである。解雇は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められなければならない」とし、そうでない場合は「解雇権の濫用」で、「権利を濫用」したものとして解雇は無効になる。

 ここで問題になるのが、「客観的に合理的な理由」とはどのような場合をいうのか、また「社会通念上相当である」というのは、具体的にどういうものかということである。解雇をめぐる裁判では、この点が争われることが多い。
 解雇された労働者にとってみれば、「客観的に合理的な理由」や「社会通念上相当である」という言葉のみでは、なぜ解雇されたのかがよくわからない。当然、「解雇は無効」と裁判に訴えるしか手はない。
 裁判を通じ、原告である労働者は、解雇がいかに「客観的合理的な理由がない」ことや、「社会の常識に反している」ことを主張するのである。
 解雇の一般的理由は以上のような考え方で判断されるが、企業は経営を続けることで従業員の雇用を守る責任があるので、解雇しなければ「経営を続けることが困難」であることを、労働組合や個々の従業員に説明し理解を得なければならない。経営者だけがなんの理由もなく、勝手に「経営が困難」と判断してはならないのである。

 よく散見されるのが、「業績の悪化」を理由にしたものだが、解雇の理由に挙げられるケースが多いゆえに、「整理解雇の四要件」としてさらに具体的な規制が設けられている。
 四要件とは、

  1. 経営上の必要性(経営者の判断だけではなく、客観的な経営危機が存在する)があること。

  2. 解雇回避努力の履行(解雇を避けるために、いかに経営者が努力したのか)をしたか。

  3. 手続きに合理性(労働者・労働組合への事前説明・協議を行ったか)があったか。

  4. 人選に合理性(人選は公平に行われたか。年齢や性別など一部に偏った人選)があるか。

など、細かく規制されている。

 時代が進歩して経営者による一方的な解雇が規制されてくると、歴史の常で、「解雇を自由に行いたい」側からは、さまざまに反対する動きが出てくる。
 日本で顕著にみられたのが、経営者団体からの整理解雇の「四要件」を「四要素」にすべきという主張である。
 「要件」と「要素」とはどのように違うのか。

【この違いは、「四要件」が権利濫用の「主たる四要件をすべて満足」させているかを基準にすることに対し、「四要素」は「主たる四要素を総合的に考慮」して判断するかというものである。最近の判例の流れは「四要素」に傾きつつあるといわれる。また、企業が業務の繁閑、事業転換などへの対応にあたって、強い解雇制限があるために柔軟に対応できないことから、近年の有期契約者の採用をもって雇用調整に対応しようとした動きが非正規社員の増大につながった側面があったとし、労働市場のセーフティネットを整備することによって解雇制限を緩和する考え方も議論され始めている。】

 また、一部経営層の中ではアメリカにおける「レイ・オフ」制度を日本でも導入したらどうかという意見も散見される。レイ・オフ制度というのは、

【もともとは再雇用を条件とした一時解雇のことであった。現在では、単なる大規模な解雇を意味し再雇用は想定されないことも多い。製造業などにおいて、材料の納入の遅れ、あるいは製品の需要が振るわないことなどの理由から工場などで、作業員に一時休暇を言い渡したことが語源。企業の業績悪化時に一時的な人員削減を行い、人件費を抑える為の手段であり、業績回復時の人員採用の際に優先して再雇用を約束するというものである。】

 アメリカでは、この先任権に基づいたレイ・オフ制度を用いているため、日本の帰休制度(一部ではレイ・オフと呼ぶため)と比較することはできない。もともとレイ・オフ制度は、まず、労使であらかじめ合意し明確にしたルールに基づき実施される。具体的ルールは、解雇や呼び戻し(復職)の基準、国の法律で規制されている年齢、性別、国籍等を理由とする解雇の禁止などのルールである。復職は先任権に基づいて行われるが、アメリカにおける先任権は、その企業における勤続年数で決定され、レイ・オフを実施する際には、先任権の低い労働者からレイ・オフされる。レイ・オフが終了し企業に復職するときには勤続年数の長い先任権の高さが重視されるから、勤続年数の長い労働者から復帰できる(だからアメリカの従業員の勤続年数は日本より長いという資料も存在する)。

 しかし、先任権重視の昨今でも、人員削減においては、いきなり解雇するというケースは非常に少なくなっており、企業年金の繰り上げ支給、割り増し支給、解雇手当などを、退職への誘因策とすることで、自発退職が行われるようになっているのが現状である。
 その語源から日本の「帰休」をレイ・オフといわれることがあるが、帰休は従業員籍が企業にあり、帰休期間中も自宅待機、あるいは出勤して教育訓練業務を行うなど籍は企業にあり、一時的にでも解雇扱いされるアメリカのレイ・オフ制度とは根本的に異なるものであることに注意しなければならない。

 はっきりしていることは、日本では一度でも労働者を雇用すれば、経営者は労働者の家族全員の生活に全責任を負っていること自覚し、本人に労働協約・就業規則に違反した事実、あるいは重大な公序良俗に反する行為があった場合を除いて(これらのケースの場合でも、労働組合との協議は欠かせない)、安易な解雇は厳禁されていることを忘れてはならないのである。



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