【No.11】労働生産性を高めるためにも、個別労使交渉・協議力(発言力)と職場の自主管理力の発揮・強化を図っていく必要がある
j.union社の“WEBメディア―勉強note「働く×マナビバ」”開設にあたり、これから趣を新たにして、私の遺書として上梓した西尾力(2023)『「我々は」から「私は」の時代へ―個別的労使関係での分権的組合活動が生み出す新たな労使関係』日本評論社の内容紹介を兼ねて、シリーズにて「個別的労使関係での分権的組合活動の理論と手法」を綴っていきます。
※前回の記事はこちらから
先月号(No.9)で紹介したように、A労働組合の組合役員および管理職アンケートによって被評価者セミナー(被考課者訓練)が、個別的労使関係を改善し、上司部下間のWin-Winの関係性を構築していることが明らかになりました。
これからは、A労働組合の組合員アンケートから、先進的労働組合内では、成果主義的な賃金・人事制度への転換によって導入された目標管理・人事考課制度の面談が、個人レベルでのフォーマルな個別労使交渉および個別労使協議となっていることを明らかにしたいと思います。
さらに、この個別労使交渉・協議が、職場・個人レベルでの経営参加でもあること。あわせて、この個別労使交渉・協議を補完するシステムが、課・係・班レベルにおける全員参加の職場懇談会等であること。それらによって職場に自律的職場集団が形成されている可能性を、組合員アンケートから示したいと思います。また、そうした職場の自律的集団が、心理的契約の更新を図るなど、企業別組合ならではの新たな規制力となっていることを示したいと思います。
しかしその前に、もう一度、なぜ目標管理・人事考課制度の各面談(1on1ミーティングを含む)を逆活用して、労働者一人ひとりの個別労使交渉・協議力(発言力)を開発していかなければいけないのか。労働組合は、集団的労使関係での請負代行的な労使交渉・協議(集権的組合活動)だけでなく、労働者一人ひとりが個別的労使関係での個別労使交渉・協議力(発言力)を発揮できるように被考課者訓練(被評価者セミナー)を実施する責任があるのか、確認しておきたいと思います。
個別労使交渉・協議力(発言力)の開発と、そのための被考課者訓練の必要性は、本稿のNo.1~8にかけて述べてきたことですが、それらを一言でまとめて述べるならば、日本の賃金交渉と妥結は、企業と労働組合という集団的労使関係だけで行って決めているのではなく、上司と部下との個別的労使関係で行って決めているからです。言い換えると、企業と労働組合という集団的労使関係では、組合員平均で示された賃上げの総原資額について交渉・決定しているだけで、その賃上げ原資の個々への配分については、上司部下間の目標管理・人事考課制度の各面談で決まってくるからです。
このことは、賃金の個別処遇化とか、個別人事管理の一層の浸透とも呼ばれるもので、欧米の労働組合ではあってはならないことを、日本の労働組合および労働者は容認しているのです。したがって、個々人の賃金交渉・決定は、目標管理・人事考課制度の各面談という個別的労使関係での個別労使交渉・協議によって決められるのですから、それを容認する労働組合は、個々人の個別労使交渉・協議力(発言力)を開発・強化する責任を果たさなければ、責任逃れである、と言われても仕方ありません。
さらに、労働者一人ひとりの個別労使交渉・協議力(発言力)が開発・発揮できるようにすることが、働きがいや働きやすさ、エンゲージメントを高め、職場の組織力を再開発して、国際的にも低下した労働生産性(日本企業の競争力)を回復させることに結びつくことについて、述べておきたいと思います。
守島(2021)は、働きがいや働きやすさを提供するポイントは、達成感と成長感であり、達成感は今の仕事にもとづく働きがいであり、成長感は将来の仕事への期待にもとづく働きがいである(p.91)と定義しています。
そして、働く人にちゃんと達成感を感じてもらうには、まず目標設定が明確で、目標のチャレンジなどがその人にとって適切なレベルで、企業のビジョンや戦略との関連性で意味や意義がないとならない。また、目標達成プロセスでの支援も大切で、評価とフィードバックも大切(p.91)であると述べています。
また、働きがいには、成長という観点も重要で、チャレンジし、自分のもつ技術や能力を適用し、意味のある仕事を行う経験によって人は育つ(pp.91-92)と述べつつ、働きやすさは個の尊重であり、個のニーズ・ウォンツを重視したマネジメント(転勤に関する拒否権・交渉権なども含む経営施策)が展開されていることが必要であると指摘しています。
働き方改革も、働く人が可能な限り、自らの能力とニーズに合った柔軟な働き方を可能にする改革であるべきで、企業が優れた人材を確保し、維持し、また戦力化していくため、働く人にとっての企業価値、つまり従業員価値を高めていくことは、重要な組織力(組織として人材を確保し、活用する能力)である(p.94)とも主張しています。
さらに守島(2021)は、働きがいや働きやすさの確保は、企業側や現場リーダーシップだけの責任ではない。働き手の参加がなければ難しい。働きがいや働きやすさの確保も、結局は、働く側と働いてもらう側で協働して成立するものなのである、と強調しています。
リーダーが何らかのアクションをとれば、それで働きがいや働きやすさが成立するものではない。参加するメンバーが経営とともにつくりこんでいく過程があって、始めて存在するものなのである(p.80)。働く人もパートナーなのである。だから、働く人は、自分が何を求めているかを考え、企業に伝えていく必要がある。特に今、働く人の多様性(ダイバーシティ)が高まり、多様な個性が企業で働くようになるにしたがって、経営と働く側の対話が重要だ(p.81)との指摘です。
そればかりか、雇用されても、頑張って働くか、そうでないかを選択できるので、人材のココロをリテンションすることも重要であること。なぜならば、同じ人材でも働きがいや働きやすさを感じている時と、そうでない時に、人材としての価値に大きな違いがあるからです。企業経営では、本来の意味でのリテンションとココロのリテンションを(重視しなければならない(p.95)とも述べています。
以上の守島(2021)の指摘は、目標管理・人事考課制度の各面談がいかに大切であり、そこでの部下側の発言力(個別労使交渉・協議力)が、いかに大切かを物語っているといえるでしょう。
渋谷(2023)は、ギャラップ社のエンゲージメント国際比較調査(日本企業では「やる気の無い社員」の割合が70%に達し、「熱意あふれる社員」の割合はたった6%。アメリカの32%の5分の1に満たず、調査した139ヵ国の中で132位と最下位クラス。「周囲に不満をまき散らす無気力な社員」の割合は24%と全体の4分の1弱にのぼった)と、その調査結果について日本人労使が肯定する感想結果(一般社員:最下位は当然だと思う24%・まあ妥当な順位だと思う50%・信じられない26%、経営層(経営者・役員):最下位は当然だと思う26%、まあ妥当な順位だと思う48%、信じられない26%)を取り上げ、「日本の会社員は“やる気”を失った」と述べています。
なぜ日本の社員は仕事のやりがい・やる気を失ったのかについて、渋谷(2023)は、1990年代半ば以降、少なからぬ日本の大企業はコストダウンを最優先する「縮み経営」へと舵を切り、この過程で、社員は会社の業績向上に貢献してくれる資産あるいは可能性ではなく、お金のかかるコストだとみなされるようになってしまったことを原因に挙げています。当時の経営者たちは新たな人事制度を導入して、中堅以上の社員の人件費を圧縮し、若手を中心に正社員から非正規雇用への転換を進め、教育・研修費を削った(p.16)からだと述べています。
さらに事業に振り向ける予算や研究・開発費を減らし、これに伴って現場の裁量権が縮小され、新たな事業や製品を生み出す企業家タイプのイノベーター活躍の場が減り、節約や管理に長けた小役人のコストカッターが重用されるようになった(pp.16-17)と指摘しています。そして、大企業は下請けなどの取引先の中小企業に対しても、納入価格の値下げを要求し、日本企業の99.7%、働く人の約7割を占める中小企業でも、人件費を圧縮せざるを得なくなる企業が増えました(p.17)と述べています。
このような「コストカッターの罪―人材が育たず競争力が損なわれる悪循環」(p.115)を犯すことになった原因について、渋谷(2023)は、金融危機後の3つの過剰(過剰雇用、過剰設備、過剰債務)の削減が、人員の削減、生産設備の廃棄、借金返済が「縮み思考」を生み出し、さらに人件費削減を進めるために、人件費の削減を目的とする“似非(えせ)”「成果主義賃金制」あるいは、“減点主義的”「成果主義賃金制度」(p.48)を導入したことが原因であると主張しています。
ゾーン別昇給管理に代表されるように、「高い成果を上げれば会社は報いてくれるのだ」と社員に思わせ、やる気を維持しようと考えたのですが、海外で日本製品が売れなくなり、国内では不況の冷たい風が吹いている、そんなときに目覚ましい成果を上げられる社員は「一部」どころか「ごくわずか」に過ぎませんでした。ほとんどの社員は賃金が上がらないか、賃下げされるか、という状況になりました(p.50)、と指摘しています。
そればかりか、人件費削減の手段は「成果主義賃金制度」の導入だけでなく、新卒の採用を絞り、正社員(正規雇用)からパートやアルバイト、派遣社員など非正規雇用へと置き換えを進めることで、主に若手の人件費を削っていきました(p.54)。その結果、規制緩和に後押しされ、1990年には約2割だった全雇用者に(雇われている従業員)に占める非正規雇用の割合は増え続け、今では4割近くに達しています(p.55)とも指摘しています。
多くの大企業が、人件費削減あるいは抑制を一時避難の手段ではなく、恒常的かつ長期化な経営目標にしてしまった(p.57)ことを「縮みの経営」と呼び、社員の給与水準はいっそう低迷しただけでなく、日々の仕事から「面白さ」や「やりがい」が失われて(p.18)きた、と説明しています。だから、労働生産性が低いのは社員の働き方が悪いからでなく、問題はやはり経営にある(p.64)、と警告を発しています。
その結果として、「社員の給与水準はいっそう低迷した」と表現し、OECDの賃金の国際比較データを取り上げ、加盟国38ヵ国の2022年の平均賃金が、日本の平均賃金は4万1509ドルで、38ヵ国中25位にとどまり、アメリカの7万7463ドルの半分強の53.6%。OECD加盟国平均の5万3416ドル、韓国の4万8922ドルをも下回っている。1990年以降、日本の平均賃金はほとんど増えておらず、上昇率はたった12.5%で、アメリカやイギリスの賃金はこの間に約5割上昇し、韓国ではほぼ2倍になっていることを指摘しています。
「日々の仕事から『面白さ』や『やりがい』が失われた」根拠についは、仕事や生活ぶりに対する国民の意識を調査した国民生活選好度調査(全国の15歳から74歳までの男女が対象、2011年を最後に廃止)の最後の調査となった2008年を取り上げ、仕事にやりがいを感じている人の割合は18.5%となっていて、1980年前半までさかのぼると、仕事にやりがいを感じていた人の割合は30%強にまで高まっていた(p.15)ことを挙げています。
そして、経営陣や上司が、社員に対してやることなすことに報告を求め、細かい指示を出す、過剰な社員管理(マイクロマネジメント)は、社員は些末な仕事の予定調和的な実行を指示され、行動を監視されるだけでなく、上司への確認や報告に忙殺されて(p.154)いると分析しています。
このマイクロマネジメントは、無駄で無意味な仕事を増やし、本来やるべき仕事の能率を下げ、社員のやる気を蝕んでいきます(p.155)。社員の行動を監視し、箸の上げ下ろしまで指示するような過剰な管理は、社員の自主性を損ない、受け身にしてしまいます。やがて自分で考える事をやめて、上司の指示を待つようになってしまい、成長の機会を奪われてしまいます(p.156)、とも指摘しています。
みなさんの会社で実施されている目標管理・人事考課制度の各面談や1on1ミーティングが、「ノルマ管理」「仕事の進捗管理しかしない」「上司の話したいことを話す(押しつける)」「上司の価値観の押しつけ」「ネガティブな話ばかり」「自分が話すことがない」「キャリアの不安が相談できない」というものになっていませんか。このような1on1ミーティングを含む目標管理・人事考課制度の各面談が、強圧的な命令や賞罰コントロールに近いものとして運用されている職場(上司部下間)の民主化のためにも、労組主導で被評価者セミナー(被考課者訓練)を行って、部下一人ひとりの個別労使交渉・協議力(発言力)と職場の自主管理力の発揮・強化を図っていくことが、今日の労働組合の喫緊の課題であると言えるでしょう。
参考文献
渋谷和宏(2023)『日本の会社員はなぜ「やる気」を失ったのか』平凡社
守島基樹(2021)『全員戦力化―戦略人材不足と組織力開発』日本経済新聞出版
西尾力(2023)『「我々は」から「私は」の時代へ―個別的労使関係での分権的組合活動が生み出す新たな労使関係』日本評論社