見出し画像

欲望が資本主義を生み、行き過ぎた欲望をコントロールするのが労働組合

このコラムは、元連合副会長・元JCM議長(現顧問)・元電機連合委員長(現名誉顧問)である鈴木勝利顧問が、今の労働組合、組合役員、組合員に対して本当に伝えたいことを書き綴るものです。


 人類の文明や文化の発展の歴史。表面上では素晴らしいの一言に尽きる歴史だが、見方を変えれば、その発展は人間の欲望の歴史ともいえる。欲望と一言で言っても、内実は、尽きない発展への関心や興味、人間の尊厳への敬意など、さまざまな感情が入り混じったものであったに違いない。
 人類の発展に大きく貢献したのは産業革命といわれる変化だったかもしれない。産業革命も利益追求第一主義がもたらしたものといえる。

 【18世紀末から19世紀の初めにかけて、イギリスでいろいろ行われました。当時は、上・下両院とも地主である貴族を代表していましたが、その国会で、囲い地条例を通過させました。この法律は、貧農たちがその共同地で享受していた権利を、彼らから取り上げるものでした。
 農村人口が減っていく姿は、ゴールドスミス(アイルランド生まれの英国の詩人・小説家・劇作家。小説「ウェークフィールドの牧師」。詩「さびれた村」などが有名)という詩人の作の「さびれた村」という作品の中で生々しく描かれています。地方人口は都市に仕方なく流れていきました。彼らは都会で長時間労働と飢餓賃金という犠牲のもとに産業発展に一役買っていました。成人がこれらの長時間労働をしただけでなく、子供たちもそうでした。子供たちは、1日12時間以上も工場で働き、作業中眠って機会に巻き込まれ、身体を寸断されたのも珍しくありません。
大部分の人間は起きている間中、機械に縛られ、男も女も子供も、まことに恥辱的な条件のもとで1日16時間、週6日の労働を強いられていたのである。
 彼らは耳をつんざく蒸気エンジンとガチャガチャという機械の騒音、換気もない埃だらけの空気の中で、満足に息もできない状態におかれた。監視者は、最大限の生産を上げるべく、労働者を駆り立てた。製品に傷をつけたり居眠りしたり、窓の外を見たりすると罰せられ、おまけに彼らは、安全装置もないシャフトやベルトや弾(はず)み車の事故の危険、また職業病や疫病の恐怖に絶えずさらされていた。事故はしょっちゅう起こり、不具者になったり死ぬ者も後をたたなかったのである。】

民主主義とは何か、自由とは何か」B・ラッセル

 そして同氏は言う。

【しかし、これら工業化時代初期の犠牲者に対して、工場側はほとんど何の救助策も施せなかった。綿のようにくたくたに疲れて、労働者たちは窓もないあばら家へ帰っていく。7、8人で一つのベッドを使うということも珍しくはなかったし、そのあばら家の不潔さも恐るべきものであった。蓋もない溝に、ゴミや糞尿は垂れ流しにされ、家じゅうが悪臭フンプンとし、工場廃棄物は積もりに積もっていた。その中で病気が蔓延する。チフスやコレラが流行し、町で生まれた赤ん坊の二人に一人は、5歳を待たずに死んでいったのである。】

同上

 私たちが享受している現代の資本主義社会は、利益を追求するあくなき欲望とそれに伴う多くの犠牲、それを強いる一部の権力者(資本家・政治家)たちの存在、それに対する労働者や一般国民の抵抗があり、国民の強い意志は議会における資本家・経営者の暴挙に対する制限へと発展させていく。
 資本の暴挙に対する制限の典型は、各種法律の成立である。それまで黙認を強いられてきた労働者は各種法律によって擁護されることになる。
 人間の欲望によって、一部の権力者が無抵抗で貧困にあえいでいた多くの国民を抑え込み、欲望の赴くままに富を手にし近代資本主義の発展を突き進んできた。発展の契機になったのは、産業革命である。そして産業革命も私たちの生活に功罪を生んでいく。

【産業革命は西欧社会の富を著しく増大させ、衛生、健康、快適さといったものの水準を根本的に引き上げた。確かに初期の段階では、新しい工業都市へ工場労働者が集中し、既存の都市が急激に膨張したので、従来の制度では対処できない社会問題が作り出された。(中略) それから間もなく、様々な社会的装置が考え出され、初期の産業社会にあふれていた苦痛や醜悪さを抑制したり、改善したりするようになった。例えば、都市警察のような、近代国家の公共秩序のための基本的制度が作られたのも、1840年代以降のことであった。これに劣らず重要なものとして、下水システム、ゴミ収集、公園、病院、健康保険や災害保険などの制度、公立学校、労働組合、孤児院、養護施設、刑務所、その他多種多様な人道的、慈善的な事業があった。どれも貧乏人や病人、不幸な人間の苦しみを軽減することを目的としたものだった。】

ウィルアム・H・マクニール著「世界史」〈下〉

 労働組合運動のトップランナーと言われるイギリスでは、

【イギリスでは産業革命によって、児童や婦人労働の強要、成人労働においても労働時間が1日12時間以上となるなど、労働者は、生命や体力を搾取され、労働者の健康保持が課題となってきた。そこで、労働者が資本家に反抗をし始めたため、政府は、1833年に工場法を制定、さらに労働日・時間の短縮と少年婦人労働の制限など】

同上

を進めた。

 イギリスにおける産業革命は、1700年代後半~1800年代半ばで完成するが、日本の産業革命では、有名な「富岡製糸場」(建設・操業開始は1872年(明治5年)、石炭産業で知られた「長崎県軍艦島」(正式名称は端島(はしま)、明治から昭和にかけて栄えた海底炭鉱)で、いずれも日本の産業革命の象徴と言えるのだが、両者ともそこで働く労働者に過酷な労働環境を強いていたのである。余談だが、過酷な労働環境を続けていた両者が、世界遺産に登録されているのは複雑な気持ちで見ざるを得ない。
皮肉にも過酷な労働環境を強いる権力者の欲望こそが、日本の経済発展の礎を築き、今日の日本の発展を支えてきたといえるのである。

 日本の労働法は、1911年に公布、1916年に施行された「工場法」が最初で、工場労働者の保護を目的とした法律である。この法律は、1947年に労働基準法が施行されたことによって廃止されるが、この歴史こそが、いま私たちの働く環境を守る労働法(労働組合法や労働基準法など)を確立させてきたのである。

 少し極端になるが、社会は人々の欲望の歴史であり、その一方で行き過ぎた欲望をコントロールする良識があり、そんな人間の集まりが今の社会を作っていると言えないか。しかし、問題になっているビックモーター事件でも明らかになっているように、一代で財をなした経営者の悪質な行為(経営者の恣意的な人事施策、責任を部下に押し付ける姿勢=良きリーダーとは、公平な人事施策、問題の責任を負う上司などではないか)は、今も資本主義社会が欲望の社会システムの残滓を持っていることを証明してはいないか。
労働組合は、そんな社会の中でどのような役割を果たすべきなのか。行き過ぎた欲望の暴走を抑止するのには労働組合の存在が欠かせない。社会の発展にとって、労働組合の存在意義を発揮させるためにリーダーに課せられた責任は重い。


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!