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「今、そこにある労働組合への期待」

このコラムは、元連合副会長・元JCM議長(現顧問)・元電機連合委員長(現名誉顧問)である鈴木勝利顧問が、今の労働組合、組合役員、組合員に対して本当に伝えたいことを書き綴るものです。
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世に犯罪が起きるたびに、犯人や容疑者の素性、犯罪に至るまでの過去の日常生活が詳(つまび)らかにされる。そしてその多くは犯人が自らか、他者のせいかは別にして、孤独な生活を送っていたことが多く散見される。他者との交わりを避けて孤独な生活を送る人々はまだ多くいる。

ここに驚くべき日本の現状が記されている。
2005年の経済協力開発機構(OECD)の調査によれば、「家族以外の人」との交流がない人の割合が、日本は米国の5倍、英国の3倍高いとされている。
日本のこの孤独・孤立の高さは深刻な問題とされている。都市化が進むと同時に、地域における各人の連帯意識が薄まり、さらによく言われる核家族化、少子高齢化、単身世帯や単身高齢者世帯という要因が加わり、さらに働く人々の間でさえ正規社員と非正規社員の間で意識の差が生まれ、働くものとしての連帯意識が希薄になっているという。
意識の差は社会全体の分断の要素になってしまう。この意識の差を詳しく見ると、共通しているのは社会的なつながりが希薄になることである。

アメリカの政治学者ハーバード大学のケネディスクール教授によれば、「社会的なつながりがなくなると、人は孤立します。すると他人への寛大さや、他人と自分が平等だという意識、さらには政治的に協力する姿勢が低下します。これは米国に特有ではありません」とされる。
氏はこういう。「私は昨年出した『Our Kids(私たちの子供)』という本で、こう考察しました。『社会的に孤立している市民は、通常の状況では政治的安定にほとんど脅威を与えない。危険があったとしても、集団の無関心によって沈静化されるためだ。しかし、経済的や国際的な圧力が高まれば、こうした集団が不安定で、両極の反民主的な扇動家の操作を受けやすいことが証明されるかもしれない』と。選挙前から、今の事態の発生を懸念していたのです」。
そしてこう警告している。「PTAやボーイスカウト、ライオンズクラブといったコミュニティの善意のつながりが弱体化していること、それがアメリカの民主主義にとって脅威となる」と。
さらに2016年に刊行された近著『Our Kids: The American Dream in Crisis』(邦題:われらの子ども―米国における機会格差の拡大、創元社、2017年)では、アメリカにおいて成功の機会格差が固定化していることを実証し、未来の世代のためにこのような状況を残してはいけないと警鐘を鳴らした。

それを証明するように日本でも、2015年に行われた内閣府の60歳以上を対象にした調査では、「『家族以外に相談、あるいは世話をし合う親しい友人が誰もいない』と回答した人が25.9%と、4人に1人以上」という結果が出ている。

【一般に、孤独は主観的概念で「ひとりぼっちと感じる精神的な状態」で、孤立は客観的概念で「社会とのつながりのない/少ない状態」といわれている。孤独や孤立が、人々の健康と寿命に悪影響を与える可能性があることは、数多くの研究ですでに立証されている。】(「朝日新聞デジタル・論座」11月19日)
 
この孤独・孤立の問題は、日本だけの問題ではなく世界共通の問題とされている。その中で、比較的に成功例とされているイギリスでは、「社会的処方」と呼ばれる取り組みが有名である。
【イギリスでは、2014年の調査で、65歳以上の4割に当たる約390万人が「テレビが一番の友だち」と答えたという。また英国赤十字などの16年の調査によると、成人の2割に相当する900万人以上が恒常的に孤独を感じているという。
ロンドン大経済政治学院(LSE)が2017年発表した研究によれば、孤独がもたらす医療コストは、10年間で1人当たり推計6000ポンド(約100万円)であるという。また別の調査では、孤独が原因の体調不良による欠勤や生産性の低下などで雇用主は年25億ポンド(約4150億円)の損失を受けるという推計があった。
孤独の弊害に危機感を募らせたイギリスは、孤独について国を挙げて取り組むべき社会問題であると認識することになる。2018年に当時首相であったメイ氏は世界で初めて「孤独担当大臣」を任命した。政府は孤独対策のために2000万ポンド(約33億2000万円)を計上すると発表した。そして孤独を解消する方法として「社会的処方」を適用し、2023年までに全国の総合医GP(General Practitioner)が「社会的処方」をできるようにするという方針を決めた。】(「朝日新聞デジタル・論座」11月19日)

ここでいう社会的処方とは、解決の手段として薬を処方することではなく、地域とのつながりを持つよう相談していこうとするもので、メンタルヘルスのサポートが必要な人、孤独な人、孤立している人などに地域とのつながりを促すものである。これを「社会的処方」とよび、いくつかの研究で極めて効果があると立証されているという。
イギリスでは政府による多額の予算のほかに、赤十字社も社会的処方に取り組んでおり、その結果では【孤独を感じている人、またはその恐れがある人を支援するために、全国的に社会的処方のサービスを提供している。サービスの利用者が、最大12週間のサポートをリンクワーカーから受けられるようにした結果、利用者の7割以上が孤独感の軽減を感じたという結果を得た】という。
孤独や孤立は病気ではなく、生活する上での金銭的な心配とか、住宅問題(住む家がない、家を持とうと思っても資金のメドが立たないなど)など、不安や気がかりを抱えた人々などが多いという。

それでは今まで述べてきたような状況に、どう対応していけば解決できるのか。 
インターネットの「クッキーオン GOV.UK」によれば、
【イギリスでは、GP(家庭医もしくはホームドクター(General Practitioner)の医療を受ける窓口のような存在)が患者を診て、医療が必要か、社会的要素が必要かを判断し、社会的要素が必要だと判断した場合、GP(社会的処方は、GP、看護師、その他の医療およびケアの専門家)が人々をさまざまな地域の非臨床サービスに紹介できるようになっている。
人々の健康は主にさまざまな社会的、経済的、環境的要因によって決定されることを認識し、社会的処方は人々のニーズに全体的な方法で対処しようとしている。また、個人が自分の健康をより細かく管理できるように支援することも目的としている。】
 
他者との交わりがあるからこそ自らの思い、意見を述べ、、他者の意見を参考にして自らの思いを検証しながら生活する。こうして孤独とは縁遠い場所に身を置くことができるのである。
孤立や孤独が問題となり人との交わりが必要不可欠な近代社会では、最もそうした役割を担えるのは、まさしく人々の集まりである労働組合の存在ではないだろうか。
労働組合は賃上げや処遇改善の運動に取り組む一方で、組合員とその家族の生活全般に寄与する役割がありはしないか。
労働組合が組合員の生活にかかわるすべてに、「今こそ、そこにある労働組合」への期待が高まっているのである。


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