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「近親憎悪・同族嫌悪」

このコラムは、元連合副会長・元JCM議長(現顧問)・元電機連合委員長(現名誉顧問)である鈴木勝利顧問が、今の労働組合、組合役員、組合員に対して本当に伝えたいことを書き綴るものです。


昔から「近親憎悪」という言葉がある。
これは他人との好悪の感情よりも、関係が近く深いものに対して抱く憎しみの感情の方が強いことを意味している。具体的にいえば、血縁が近い者同士や、あるいは性格、立場が似通っているなどの者同士の方が、一度でも齟齬(そご)をきたすと憎しみの感情が強くなることを言う。

さらに、性格や社会的な階層などが似ているときにも使われる。
日常生活で毎日近くにいるために、一度感情がもつれると、関係が近いためにその憎悪もより深く憎悪が深まってしまうことを意味する。だから諍(いさか)いが生まれると「親族への憎悪」がとめどなく強まったり、昨日まで親しかった「親友を憎む」ようになってしまう。
「近親憎悪」は、関係が近い分、相手に対して抱く感情も極端になってしまうことから起こる。俗に言う、「可愛さ余って憎さ百倍」の心理がこれにあたる。
近親憎悪は、人間個人同士の場合に多く使われる一方、「同じ種類や系統の者へ嫌悪の感情を抱くこと」があり、その場合は「同族嫌悪」という言葉が使われる。

この同族とはどの範囲なのか。
もちろん血縁者が中心だが、その他にも趣味や嗜好が同じ人や似た考えをする人、あるいは職種が同じ人なども含まれるとされている。
そして、自分と近い性質を持つ人に対し、嫌に思ったり憎らしく感じたりすることを言う。「会社の同僚に同族嫌悪を抱いている」、「同級生を見ると、同族嫌悪に近い感情を抱く」などだが、極めつけは「彼らを許せないのは、同族嫌悪のせいだ」などというようなこともあるらしい。

そうすると「近親憎悪」と「同族嫌悪」の両方とも意味に違いはほとんどないことがわかる。いずれにしても相手が自分に近い性質を持つ分、気に入らない言動に対しては、過剰なほどの嫌悪感を抱くようになるということである。

◇ ◇ ◇


ちょっとズレるかも知れないが、国と国との間にも同族嫌悪があるように思える。

紛争を起しているロシアとウクライナは、今まで同志的友好国であった。
歴史的にみると、ロシアになる前のソビエト連邦は、連邦というように幾つもの国によって構成されていた。構成国は、ロシア、ウクライナ、白ロシア(ベラルーシ)、ウズベク、カザフ、グルジア(ジョージア)、アゼルバイジャン、リトアニア、モルダビア、ラトビア、キルギス、タジク、アルメニア、トルクメン、エストニアの15カ国に上る。
連邦である以上、その構成には理由がある。ロシアは「同じルーツを持つ国」と「NATO(第二次世界大戦後に、北米2か国と欧州の29か国の計31か国が加盟する政府間の軍事同盟、北大西洋同盟をいう)に対抗する」という2つの理由によってソ連邦をつくりあげた。この「ソビエト連邦」が30年前に崩壊してしまう。

では2つの理由のうちのひとつ、「同じルーツを持つ国」とはどういうことか。
プーチン大統領はウクライナを“兄弟国家”と呼び、「強い執着」があると指摘されているのだ。
そう指摘される事実に次のようなことがある。プーチン大統領は去年7月に発表した論文の中でロシアとウクライナ人は同じ民族ということを述べている。
プーチン大統領はいまだに旧ソビエト時代(ソ連邦時代)の意識から脱却できていないようだと分析されている。それはロシアとウクライナは「同じルーツを持つ国」という意識を持っていることを意味しているのだ。

旧ソ連邦15カ国のうち、とくにウクライナに特別の感情を持っている。
旧ソ連邦15カ国は、ソ連邦崩壊後にそれぞれ独立して、新しい国旗や国歌を制定してあらたにスタートしているが、ロシアは同じ国だったという意識を持ち続け、とくにウクライナには 《特別なもの》 があるという。

その 《特別なもの》 を紐解くには歴史を振り返らなければならない。

◇ ◇ ◇


ロシアと隣接するウクライナ東部はロシア語を話す住民が多く暮らしていて、ロシアとは歴史的なつながりが深い地域である。
一方で、ウクライナ西部は、かつてオーストリア・ハンガリー帝国に帰属し、宗教もカトリックの影響が残っていて、ロシアからの独立志向が強い地域になっている。つまり同じ国でも東西はまるで分断されている状況なのである。

NHKの石川一洋解説委員によれば、

“同じルーツを持つ国”と位置づけるウクライナに対して、プーチン政権はこれまでも、東部のロシア系住民を通じて、その影響力を及ぼそうとしてきました。
それはウクライナの大統領選挙にも及び、2004年のウクライナ大統領選挙では、プーチン大統領が2度も現地に乗り込み、東部を支持基盤にロシア寄りの政策を掲げた候補をあからさまに応援しました。
そして、2014年に欧米寄りの政権が誕生すると、プーチン大統領はロシア系の住民が多く、戦略的な要衝でもあったウクライナ南部のクリミアにひそかに軍の特殊部隊などを派遣。軍事力も利用して一方的に併合してしまいました。


こうした中、ウクライナはどうであったのか。石川解説委員の解説は続く。

もう1つのカギになるのが「NATO」=北大西洋条約機構の“東方拡大”です。「NATO」は、もともと東西冷戦時代にソビエトに対抗するために、アメリカなどがつくった軍事同盟です。
畔蒜(あびる)主任研究員(笹川平和財団主任研究員)によりますと、ソビエトが崩壊すると、NATOはもともと共産主義圏だった国々に民主主義を拡大する、いわば政治的な役割も担うようになりました。
当時、東欧諸国などの多くが、経済的に豊かだった民主主義陣営に入ることを望んでいて、その入り口となったNATOへの加盟を望む国が相次いだといいます。
実際、1999年にポーランドやチェコ、それにハンガリーが正式に加盟。
また、2004年にバルト3国などが加盟しました。
こうした動きを“東方拡大”と呼びます。
また、ウクライナやモルドバ、ジョージアでも欧米寄りの政権が誕生し、NATOに接近する姿勢を示しています。
畔蒜主任研究員は今回の軍事侵攻の背景には、プーチン大統領が、NATOへの加盟を希望するウクライナの政権を“同じルーツを持つ国”に誕生したアメリカ寄りの“かいらい政権”と捉えていることや、NATOのこれ以上の“東方拡大”を容認できないとする安全保障観が影響しているものと分析しています。

ロシアによるウクライナ侵攻は、以上のような背景があったとしても到底許されるものではないが、本質的には、ロシアには旧ソ連邦の中ではロシアが優位にあり、下位にある他国がロシアに従わないことは認められないという意識があるのかもしれない。

あるいは、私たちがよく使う「飼い犬に手を嚙まれる」という感情か。

ロシアの指導者にとって、同胞とみていたウクライナがロシアの言うことを聞かない現実に、「近親憎悪」ならぬ、「同族嫌悪」の感情に支配されてはいないか。

「同族嫌悪」とは【「同族」に対して「嫌悪感」や「苦手意識」を抱く事を意味する】言葉で、ウクライナを同族と考え「だからロシアに従うべき」という意識に支配されているのではないか、と思ってしまう。
だから、ロシアに従うべきウクライナが独自路線を歩むことが許せないのだろうか。そして同族と考えてきたがゆえに、その独自路線が余計に許せないのだ。そしてその分、従わないウクライナへの憎しみが生まれ、増幅していく。

民族間の優劣感が根本にあると、些細なことで憎しみ生まれてしまう。
かつて、日本の対アジア政策構想であった大東亜共栄圏(欧米帝国主義国の植民地支配下にあったアジア諸国を解放して、日本を盟主とした共存共栄の経済圏を作ろうとしたもので、日本の植民地政策を正当化したもの)構想も、自国の優位性が根本にあり、太平洋戦争の火種になったのである。

わが心に刻み付けよう。

「他人(ひと)のふり見てわがふり直せ」